第9話 動く心情 怪しい不調
いやいやいや、流石にあり得ん。この我が人間に惚れるなど。
あり得ん! 絶対にあり得ん!
「あ、あの……? どうかしましたか?」
何も言わずに棒立ちしていた我を心配したのか、少女は我に声をかけた。
あぁ、やはり良い声だ。声帯に天使を飼っているかのような、可愛げのある美しい声だった。
……いや、いかんぞ! これではただの変態だ! とりあえず名乗らねば!
「あっ、俺はダンジョン配信をしている、ボロスという者です……」
「ボロスさんですね、さっきは助けてくれてありがとうございます。私、河井レイって言います」
少女——レイさんは、礼儀正しく一礼して我に名乗った。
我はその可愛さにまた何も言えなくなってしまいそうだったが、何とか聞きたい事をいくつか質問した。
「いくつか……、聞いても良いですか? レイさん、年齢は? まだ高校生じゃないんですか?」
「あ、一応高校は卒業してて、今二十歳です。何故か幼く見られることが多いんですよね……」
レイさんは若干困ったような顔をしながらそう答えた。
その仕草がとてつもなく可愛いという感情を押しのけ、我は質問を続ける。
「レイさん、あなたのランクを教えてもらっても良いですか?」
「私、実はCランクなんですよね……」
レイさんの返答を聞き、我は彼女の事情を大体理解した。
恐らくは、マルチ制度を利用してこのBランクダンジョンに訪れたのだろう。
通常なら、冒険者は自身と同ランクのダンジョンまでしか挑戦できない。だが、冒険者二人以上で挑戦申請を出し、ギルドから挑戦する資格があると認められれば、例外的に自身のランクよりも上のランクのダンジョンに挑戦できる。
レイさんもその制度を利用して、他の誰かを連れてここにやって来た。しかし、仲間が先程のゴールドイーターに食べられてしまい、戦意喪失して現在に至る、といった感じだろう。
「……さっきの方が、一緒にダンジョンに挑戦してくれた人ですか?」
「はい。私のたった一人の友人で、同じCランクだったのに、私の無理を聞いてこのダンジョンに一緒に挑んでくれたんです。それなのに、それなのに私のせいで……!」
友人が死んでしまった責任を感じたのか、レイさんはその場で泣き出してしまった。
レイさんが泣く姿を、何故か我は見たくなかった。とても辛く苦しい気持ちになった。
「……レイさん、俺にも責任はあります。あの時、もっと早く来ていれば、二人とも助けられたかもしれないのに……!」
本心から出た言葉だった。気が付けば、我はこの河井レイという人間を受け入れていた。今まで自分のことしか考えていなかった我が、初めて心の底から他者を心配していた。
「レイさんは、そこまでしてどうしてこのダンジョンに挑もうと思ったんですか? その友人さんも、命の危険は承知の上であなたについてきたんじゃないですか?」
「……今、私の母が入院してて。多額の手術費が必要だったんです。だから、大金が稼げるというこのダンジョンに……」
やはり大金目当てではあったが、思っていたのとは少し違った。少なくとも、他人の為に命を危険に晒す人間を、我は初めて目の当たりにした。
「すごいですよ、レイさんも、友人さんも。二人とも、自分ではない誰かのために命をかけて戦って。友人さんも、自分が死ぬ可能性は十分に考えていたはず。それでも、あなたの力になることを選んだ。それだけです。友人さんが死んでしまったのは、絶対にあなたのせいじゃない」
それだけは、自信を持って言う事ができた。
「うっ……、ボロスさん、ありがとう……!」
レイさんはまた泣き出してしまったが、今度はその表情は笑っていた。
その笑顔は、我に自分のやるべき事を気付かせるには十分だった。
「レイさん。あなたの母親のためにも、このダンジョンの報酬が必要だ。俺も協力します。二人でこのダンジョンを攻略しましょう!」
それが、今の我にできるレイさんへの一番の手助けだと思った。
「……はい! ありがとうございます!」
レイさんが満面の笑みで答えた。
そして我も、満面の笑みでこう返す。
「Aランク冒険者の称号にかけて、必ずあなたとこのダンジョンを攻略してみせます!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その後、我はレイさんと共に配信を再開した。
レイさんは自身のマーチューブチャンネルで顔を出して動画投稿しているようで、配信に映るのも問題ないと言ってくれた。
なので、こうしてレイさんと配信をしているのだが、一つ面倒な問題が……。
『ボロス様、その女誰ですか!? 私じゃなくてその女を取るんですか!?〈ガチ恋ネキ〉』
ガチ恋ネキがうるさい。鬱陶しい。いつから我は貴様の女になったのだ。不敬であるな。
「ガチ恋ネキさん、流石に他の視聴者さんの迷惑になるので、少し鎮まってください……」
『だってよw』
『主役はあくまで配信者。我々はあくまで一視聴者でしかない。それを踏まえて行動するのが礼儀という物だろう〈赤スパの悪魔〉』
『悪魔の兄貴カッケーっす! 自分も見習いたいっす!〈弟分ニキ〉』
『くっ……、でも私はまだ認めてないからね!〈ガチ恋ネキ〉』
コメント欄が温まる中、魔物を倒しながら我は思っていた。
レイさんに会ってから、どうにも魔法が安定しない気がする。気がするだけだが。
そんな小さな不安を抱えたまま、我らはあっという間にボスの部屋まで到達していた。
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