第3話 自作自演の配信

「いくら魔王様といえど、人間に紛れ込んで配信を行う訳です。魔物だとバレてしまえば、人間と魔物の不可侵を破ったとみなされて、精鋭共に襲われて、配信計画も頓挫するでしょう。入念な準備が必要です」


 コブリンはそう言いながら、ホワイトボードに必要な事を整理していく。


「まずは、魔王様に人間に化けてもらわなくてはなりません」


 コブリンは「これは大前提です」という様子で言った。


「まあ、魔王様の変身能力を使えばどうとでもなるでしょう。流石は魔王様、どんな変身もスライムの力でちょちょいのちょいですね!」


 そう、コブリンの言う通り、我はスライムである。

 人間どもの間では、スライムはFランクダンジョンに出てくるような最弱モンスターであるという不敬な認識が広がっているようだが、魔法を極めたごく一部の知能の高いスライムは、ドラゴンにも匹敵する強さを持つようになる。

 実際、我もこの変幻自在の力を使って、数々の戦いに打ち勝ってきた。というか、今までも時々人間に姿を変えては、人間の街をうろついていた。


「うむ、いつもの外出用の姿で良いのか?」

「いえ、やはり配信者となると、一定のビジュアルも求められるので、それなりの美形が望ましいかと……」


 コブリンはそう言うが、人間どもの好みなど知らん。だからどう造形すれば良いか分からなかった。


「そうですね……、人間どもが好む美形というのは、目がシュッとしていて、体が細くて、髪が長くて、高身長な感じだと思いますよ!」


 コブリンが人間どものファッション誌を見ながらアドバイスをくれたので、我はそれらのイメージを頭の中で反復して、肉体の造形を行った。


「ふむ……、コブリンよ、こんな感じで良いか?」


 我が造形したのは、紫の長髪に、シュッとした赤い目をした、二十代前半くらいの長身の男の肉体だった。


「おお! 流石です魔王様! これなら人間どもは全員魔王様に惚れる事間違いなしでございます!」


 コブリンが我の容姿を褒めちぎるが、此奴は我が何をしてもこうなので、あまり参考にならない。


「ひとまず、この造形はしっかりと記憶しておかないとな。後で写真を撮っておくとしよう。そしてコブリンよ、次は何をすれば良い?」

「ダンジョンに挑戦するには、ギルドに冒険者として登録しなければなりません。登録自体はそこまで難しくないのですが、ランク付けのためのテストがありますね。魔王様の実力ならば、Sランクを取ることも容易でしょうが、あまり目立ちすぎると国から目を付けられてしまうので、Aランク程度に抑えておいてください」


 コブリンに言われた通り、我はギルドに向かい手続きを済ませ、冒険者「影山かげやまボロス」として登録された。

 ランク決定試験でも、本気を出せないのは実に腹立たしかったが、無事にAランクの免許を取ることに成功した。

 その後配信機材などの調達と調整を行い、ついに初配信の日がやって来たのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 初配信の日。我はダンジョンの前でカメラのスイッチをオンにした。

 ギルドで調達した配信用のカメラ。ドローンのように浮遊し、配信者に全自動で付いてくるようになっている。これにより、ダンジョンの攻略と配信の両立が比較的容易になったのだとか。


「みなさんこんにちは! 新人ダンジョン配信者のボロスです!」


 コブリンから『配信の時は敬語で、視聴者に怖がられないように話してください!』と注意されたので、我らしくない実に不快な喋り方になってしまった。


『また新人か。期待してないけど頑張れよ』

『待って、この人めっちゃ私のタイプなんだけど。配信止めて私とデートしない?』


 配信者は伝達魔法により、コメント欄を一々見ずとも、脳内に直接コメントの内容が伝わるようになっている。しかし、不敬なコメントが多いものだ。我は魔王だぞ?


「はい、今回はですね、こちらのAランクダンジョンに挑んでいきたいと思います!」


 配信が始まって少し経ったところで、コブリンの言う秘策を発動した。

 Aランク冒険者は六人しかいないらしく、Aランクダンジョンに挑むというだけで注目が集まるらしい。

 その証拠に、Aランクに挑むと宣言した直後から次々と同接数が増えていった。


『待って、この人私の推しになったわ。イケメンすぎて』

『Aランクボロス様最高! Aランクボロス様最高!』

『こんなん男の俺でも惚れるわwww』


 その分、変な奴も増えたが。


「———っと、早速魔物がいますね。あれはデスウルフですかね」


『あー、終わったわ逃げろ逃げろ』

『今まで何人の配信者がデスウルフにやられたことか…』


 腹立たしいコメントの数々が脳内に再生される。

 どいつもこいつも不敬であるな。我にかかればこの程度の雑魚は瞬殺だというのに。

 だが、コブリンとの約束もあるので、我は魔法発動の準備をした。


「はい、行きますよ! 『深淵の手』!」


 深淵の手。魔力を込めた手から触れた物に影を伝播させ、その影から出てくる漆黒の手で攻撃する我のオリジナル魔法だ。

 漆黒の手でデスウルフを影の底に沈める。

 何故、この魔法を使ったのか。それは、「魔物を倒さないため」である。


『え、何これ消えたぞ?』

『即死技? チートすぎだろ』


 実際、コメント欄にも騙された人間どもが沢山いた。

 深淵の手によって発生した影は、実はこのダンジョンのとある一室につながっている。影に沈んだ魔物たちは死んだのではなく、別の場所に送られたのだ。

 これならば、極力同胞を傷つけずに、我の力を見せつけることができる。


「生憎これ以下の技は持ち合わせていないので、今回はボス以外『深淵の手』だけで攻略していこうと思います!」


 そしてとどめに、このぶっ飛んだ台詞を決めてやる。

 想定通り、コメント欄は一気に湧いた。

 なんだ、これだけでこんなに反響があるのか。実にチョロい物だな。

 我はそう思いながら、深淵の手で次々と魔物を倒す――もとい、無力化していった。

 そしてついに、ボスのいる最深部までたどり着いたのだった。

 コブリンとの話し合いは済んでいる。

 人間ども、ここからが真の本番だ。思いっきり魅せてやろう。

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