第18話 半端者

天文17年(1548年) 10月 那古野城下

 織田 喜六郎(秀孝)


 私が尊敬する三郎兄上が、師とする滝川左近に会いたかった。何もできない半端者な私でも、兄上の真似をすれば何かできるようになるのではないかと那古野にいる左近に会いにきたのだ。


△△


 弾正忠家五男の私には兄弟が沢山いる。その中で私と、まだ2歳で十男の秀成の母だけが父上と住む末森城に居らぬ。


 1番上の三郎五郎兄上と二男の信時兄上は伊勢守家に連なるお母様が、三郎兄上と勘十郎兄上には正室の土田御前様が、六男の三十郎信包と八男・彦七信興は大和守家に連なるお母様がいる。七男・九郎信治の母は家臣・中村家の娘で他より生活は質素にはなるが、末森にいる。


 父上の奥方、皆が同じ屋敷に住むわけではないが、末森に屋敷を持って正室、側室として生活している。


 だが、私と秀成の母だけは城で生活できぬ妾。熱田、津島の商屋の娘で実家が武家ではないからだ。


 私と他の兄弟の違いはそれだけではない。


 武家の娘から生まれた兄弟達には沢山のお付きの者がいる。父上が付ける傅役だけでなく、母方の御家からやってきた従者が教育係としていろいろなことを教えてくれる。


 一方で、私が生活する部屋へやって来るのは父上が付けた傅役・青山与左衛門と乳母のお松だけ。


 あとは、父上の家臣で小さな御家出身の娘達が侍女として身の回りの世話をしてくれるが、彼女達の目当ては定期的に送られて来るお母様の実家、熱田の商家から届く沢山の着物と珍しい品々が欲しいから。


 私には父上以外に支えてくれる血筋、御家柄がない。資金を出してくれる実家があっても、三郎五郎兄上や信時兄上のように、側室の子でも大将として振る舞えるだけの血筋、格がないのだ。


 兄上達のように、父上の信頼を得て織田家を支える武士であることが私には求められていない。かといって武士である父上の子である限り、商人になることもできない。


 そんな半端者である私はただ、将来当主となった兄上から幾許かの禄を貰い、だがそれといって御家の役にも立たず、無下に過ごす未来しかないと思っていたのだ。


△△


 そんな私に左近は聞いてきた。


 「喜六郎様は、どうされたいのですか? 」

 「どうしたい……? 」


 私は一体なにをするのが正しいのだろうか。父上は私に何を求めているのだろうか。


 「お方様や周りに何かを期待するのではなく、喜六郎様が何をしたいのかということです」

 「……」


 私がしたいことなど考えたことがなかった。


 周りに人が居ない、何も求められていない私は何もしてはいけないのだと思っていた。


 「私は甲賀滝川家の嫡男として生まれましたが、私には覚悟がなかった。周りの者達は私に嫡男としての振る舞いを求めていたのに俺には出来なかった……。周りの期待から私は逃げたのです」

 「左近は嫡男だったのか……」


 嫡男でも廃嫡されることがある……。兄上や父上が認める御仁でもそのようなことがあるのだろうか。


 「ですがそんな私について来てくれる配下もいた。彼らに報いるためにどうしたらよいか。何を為したらよいのか、何がしたいのか。それを決めるのは己だと後から気づいたのです。それからは滝川一益として生きる覚悟を決めました。某の判断で、某の責任でこの戦国時代を生きてゆくのだと」

 「……」

 「喜六郎様は覚悟を決めて、行動したいことはありますか? 」


 私がやりたい、行動したいこと……。


 「儂は、半端者の儂も兄上達のように武士になりたい……。左近のように弾正忠家で生きてゆきたい」

 「ならば、覚悟を持って行動することです。周りに何かを求めるのではなく、己が何をするかが大事なのです」


 己が何をするか……。


 「行動するから結果が得られる。そうして得られた結果が積もり積もって勝ちに繋がる。いいですか喜六郎様、勝者が歴史を作るのです。決して負けてはなりませんよ」


 なるほど……。左近のように結果を出して周りを納得させれば良いのだ。実に良い見本がここに居るではないか。さすが左近だな。


 私も血筋だ、家格だという者達をねじ伏せる力を付けよう。勝者が歴史を作る――、まさにその通りだ。勝者が自分の都合の良いように書物を書き残し、敗者の血筋は絶えるのみ。


 私も兄上を支えて勝者の側に立ちたい。だがどうやれば……。


 「よしよし。俺、なんかいいこと言えた気がする……」


 何やら左近が私の方を見ながら、『ひと仕事したなぁ』みたいな晴々とした顔をしているのが気になるが……。


 そうだ。良いことを思いついた。弾正忠家の新参で家同士のしがらみのない滝川家なら私もな――。


 「なら、左近」

 「ははっ!! なんでしょ?」


 私は己の覚悟を持って行動するぞ。


 必ず兄上達のように。そして左近のように立派な武士として弾正忠家で一旗あげてみせようではないか。


 だから、そのために””のだ。


 「今日から儂はここに住むっ!! 」

 

 「…………。えぇ!? 住むって――、それ本気っまじ!? 」


 さっきまでキリッとした顔で私に話しておった左近だが、なんだか呆けた顔で驚いておるな。


 さてさて、父上にはなんと伝えて許しを得るか……。

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