第19話 織田家で迎える新年

天文17年(1549年) 1月 那古野滝川屋敷

 滝川 左近将監(一益)


 「皆の者!昨年はよく働いてくれた。特に平右衛門篠岡平右衛門や忍衆は甲賀を追い出された俺をこれまでよく支えてくれたこと、感謝する。孫六郎雑賀孫六郎照算津田照算、紀伊からきた鉄砲衆も尾張までついてきてくれて嬉しく思う。今宵は存分に飲み食いせよ!!」

「「おうっ!! 」」

 

 未来の記憶が覚醒し、滝川一益として迎える幾度目かの新年。尾張那古野の武家屋敷には興したばかりの滝川家を支えてくれる諸将が集まっている。あの織田喜六郎様の衝撃の滝川家に住み込む発言から数か月経ったが、その間に幾人かの武将も加わった。


 屋敷で盃を掲げて交流する皆を見ていると、これまで甲賀の滝川村や堺の鉄砲鍛冶場で妻のお涼や数人の忍びと、ささやかに年越ししていたのが噓のようだ。


 「甲賀を出た頃は他の中忍にいろいろと言われましたが……、殿滝川一益に仕える判断は間違いではありませんでした。某は、閉塞した甲賀忍びらにはできぬことを殿なら成し遂げると信じております」


 酒を飲むと昔を思い出すのか、しみじみとそんなことを呟いて酒を飲んでいるのは家老・篠岡平右衛門だ。


 当時の俺は、里の中でも役立たずの嫡男という扱いだったからなぁ。付き従ってくれた平右衛門も色々周りから文句やらを言われたことがあっただろう。それでも常に俺を支えてくれたこの人は、家族と同然。歳は10ほど離れているが兄のように思っている。


 「たしかに甲賀は閉鎖的だからなぁ。あそこにいたらいつまでも三雲ら上忍の駒にしかなれなかっただろうぜ。その点、彦九郎…いや、もう殿と呼ぶべきか……、殿は武士としてまだまだ立身出世も夢じゃない。俺は殿に付いてくぜ」

 「それは嬉しいが、別に無理に殿って呼ばなくたっていいんだぞ? 俺とお前は従兄弟だろうが」 

 「いや、だめだ。昔みたいに家族で仕事してるわけじゃないからな。家中に示しはつけないと」

 「そういうもんかねぇ……」


 俺を挟んで平右衛門の向かいに座る俺と歳の近いこの男は従兄弟・滝川儀太夫(益重)だ。つい先日、甲賀から出てきた従兄弟は俺の連枝衆として、那古野に居ることの多い俺の代わりに長島願証寺近くの市江砦を差配している。


 実は年末頃、尾張で家を興した俺に、甲賀滝川本家、父・滝川資清と弟・滝川吉益が幾人かの人手を寄越してくれたのだが、それを率いてきたのがこの従兄弟なのだ。


 “滝川 儀太夫(益重) ステータス”

 統率:64 武力:73 知略:66 政治:60


 ステータスが満遍なく高い俺の親戚なだけあって、この滝川益重もステータスは万能型の武将だ。扱いの難しい一向宗が近い領地でも上手いこと治めてくれるだろう。


 それに願証寺と"暴れ川"と恐れられている木曽三川に隣接する市江砦には、与力の九鬼家から九鬼重隆殿とその海賊衆の一部も詰めているから安心だ。今まで服部党が行っていた川賊や渡しの川舟によるアガリをそっくりそのまま九鬼家が家業として行っているのだ。


 「それにうちは弾正忠家の中でも目立ってるからな。他家から殿が舐められないようにしないといけねぇ」

 「たしかに儀太夫殿の言う通り目立っておりますなぁ。新参ながら殿はご嫡男・三郎様付の鉄砲師範となられ、公にはされてはおりませぬが五男・喜六郎様を預かる身となられる。いやはや、これは妬みも生まれましょうなぁ。はははっ」

 「俺としては、出世はしたいが憎まれたくもないんだがねぇ。それに、同じ家中じゃねぇか」

 「はははっ、それは無理でございましょう。殿が手柄を挙げれば、割を食う者もどこかに居りますからな。ただ、忍衆には弾正忠家内部の情報も集めるよう指示しております故、問題ないと思いますが」

 「弾正忠家はこのままいけば、三郎様と勘十郎様の跡目争いもあるだろう。本家に人手を頼んでもいいから、しっかり情報は集めておいてくれよ? 」

 「御意に御座います」


 今までは非公式に俺の手伝いをしてくれていた弟・吉益の滝川本家だが、俺が武家として一旗揚げたことでようやく甲賀の里内でも俺の依頼を公式に活動できるようになった。滝川家と親しい甲賀の他家の力も使えば尾張、美濃、伊勢、岡崎くらいの範囲は諜報活動ができる。


 尾張統一や桶狭間といった将来起こるであろう出来事に向けていろいろと行動していかないといけないからな……。


 「彦九郎、邪魔するぞ」「某もよろしいですかな」

 「おう、孫六に照算か。そっちで畏まってる新助佐治新助又左衛門木全又左衛門もこっちに加われ」

 「「ははっ」」


 古参と身内でちびちびと呑んでいたところに加わったのは、鉄砲衆頭目を務めることととなった雑賀孫六郎と槍衆頭目の津田照算。照算は鉄砲衆でもあるが、俺の側近として槍衆頭目に就いてもらった。新参の佐治新助は平右衛門の下で領地差配の奉行格。木全又左衛門は槍衆として働く。


 「喜六も宴の差配はもうよいから与左衛門殿青山与左衛門とこちらへ加わりなさい」

 「はいっ、左近様」


 とても元気よく返事を返すこの小僧……、なにをかくそう、例の織田喜六郎様である。あの後、喜六郎様は父である信秀本人に直談判、なぜか滝川家で実績作りをすることが認められてしまった。実家の後ろ盾のない息子・喜六郎の事が可哀想だから新参の滝川家を後ろ盾に使おう……、なんてこと考えたんじゃないかな。


 そんなこんなで喜六郎様は名を”津田喜六”として、俺の小姓となった。元服もまだだからしばらくは俺の身の回りの事と、武芸とかに励んでもらうつもりだ。


 「与左衛門もあるじが働いておっては酒も飲みにくかろうしな。まぁ、俺もだが……」

 「お気遣いありがとうございまする……」


 喜六郎様の傅役だった青山与左衛門殿もあるじに伴って我が滝川家の与力扱いとなった。


  宴が始まってからずっと小姓として精力的に働く喜六郎様の方をチラチラと覗っていたみたいだし、主人が心配で仕方ないらしい。


 俺も小姓とは言え、主家に連なるお子さんを顎で使うなんて気が気でない。


 想像したらわかると思うが、社長の令息が自分の部下として入社してきて、社長自らに「うちの愚息を頼んだよ。ビシバシやっちゃっていいから」って言われる課長の気持ちを……。


 ビシバシやった結果、あいつムカつくとか言って後で左遷させられたらたまらないからな……。扱いは慎重に。あとは前線に連れてって討ち死にとかさせないようにしないと。


 いやぁ、教育って難しい……。


 「与左衛門には与力達のまとめ役として期待している。よろしく頼むよ」

 「ははっ。喜六郎様のことも御座いますれば、粉骨砕身、お仕えする所存でございます」


 うーん、真面目だな。味方の少ない喜六郎様を傅役として孤軍奮闘してきたこの与左衛門さん。家柄としては、織田家家老青山家の縁戚で当主・信秀の信頼厚い人物らしい。


 髪は白髪混じりで年齢的には50歳過ぎの平手政秀と同じくらい。うちの家中で1番の年長者になる。


 この人、家督を息子に譲って、自分は喜六郎様の傅役に専念していたみたい。今回、与力となるにあたって家督を継いだ息子の青山次郎衛門も一緒に与力となっている。


 いずれ喜六郎様が独り立ちするときにこの親子は喜六郎様付の家臣となるのだろうけど、それまでは滝川家で頑張ってほしいね。


 ほかにも与力関係だと佐久間信盛の家臣、荒川重世の弟で荒川喜右衛門殿、小豆坂七本槍の1人で上野城主:下方貞清の縁戚、下方九郎左衛門殿が宴に参加している。


 「それにしても彦九郎はどこでこんな長躯の槍遣い木全又左衛門を見つけて来たんだ。照算もデカい坊主だとは思ってたが、それよりでかいぞ」

 「某で5尺7寸ほどですから、又左衛門は6尺超えではないですかねぇ」

 「木全家は皆、背が高いのです……」

 「それにしたって十分でかいぜ。しっかり鍛えれば槍遣いとして名も残せるだろうよ」


 孫六郎と照算の言う通り、又座衛門は背がデカい。平均身長が160センチ届くかどうかのこの時代で、185センチくらいは届きそうだ。


 兄弟も皆背が高いということだから、遺伝が関係しているのかもしれない。しかもまだ14歳と若いから、まだまだ成長する可能性は高いしな。


 「しかし殿はいろいろな方々に仕官の誘いを出しておられますねぇ。佐治新助や又座衛門のような二男・三男や町の鍛冶、大工。果ては、他家に仕官している者まで。どこから見つけているんでしょうか」

 「たしかに刀鍛冶の加藤何某なにがしやら大工の福島、美濃斎藤家の蜂須賀とやらにまで文を出すとはなぁ」


 新助と孫六郎の疑問はもっともだろう。訳を知らない人からしたらいきなり突拍子もない人物を仕官させたがる主人にしか見えないよなぁ。


 「新助は蟹江の町、又左衛門は末森にて見かけてな。2人とも見所ある若者だと直感したのよ。俺の期待に応えてくれよ? 」

 「ははっ!! 」

 「照算も槍衆頭目として又左衛門を鍛えてやってくれ。此奴が簡単には死なぬようにな。頼んだぞ」

 「照算様、よろしくお願い致します」

 「うむ。槍でも薙刀でも某にお任せくだされ」


 新助や又座衛門は史実の滝川一益が家臣とした人物だったので探し当てた。無論、俺のステータスの能力で彼らの能力が申し分ないということも分かっていたしね。


 この2人以外は将来やりあうことになる豊臣秀吉の部下から有能さんを引き抜けないかなぁと思っての行動だ。刀鍛冶の加藤何某なにがしは加藤清正の父である加藤正左衛門(清忠)、大工の福島は福島正則の父で福島市兵衛(正信)。


清正も正則も生まれるのはまだ10年も先だが、今のうちに手を打っておく。とりあえず加藤正左衛門は刀鍛冶と並行して、滝川家の鉄砲鍛冶を、福島市兵衛には九鬼家の船大工を任せるということで滝川家に引き込んだ。


 「平右衛門と儀大夫は隅の方で気配を消している正左衛門と市兵衛に酒を振る舞ってきてくれ。武士ばかりの宴に呼んで申し訳ないとな」

 「かしこまりました。あの2人も武士に囲まれては居心地悪いでしょうからな。殿の気遣いが裏目に出ましたな? 」

 「それはすまない……」

 「まぁ、俺と平右衛門に任せてくれ。俺たちはもともと甲賀の田舎侍なんだ。民、百姓と打ち解けるなんざ簡単よ」


 同じ家中なのだから皆で仲良くなってほしいとあの2人も呼んだのだが2人とも萎縮させてしまったようだ。


 「あの2人が滝川家のお抱えとするのはわかった。それで、美濃の蜂須賀はなんで声掛けたんだ? 」


 蜂須賀正勝は川並衆に居るはずだと思って忍衆に調べさせたら、父親の蜂須賀正利と共に斎藤道三に仕えていることがわかった。どうやら道三が息子の義龍に殺されるまでは美濃に居たらしい。


 仕官の声掛けだけはしたが、「声掛けは有難いが、斎藤家への義理がある」ということで断られてしまった。長良川の戦いの後、蜂須賀正勝がどんな選択をするのかわからないけど、困ったら滝川家に来るようにとだけ伝えておいてもらった。


 「弾正忠家と斎藤家は何度も戦を繰り返してきたろう? 三郎様が奥方様を斎藤家から迎えるとはいえ、備えておくことは重要だ。美濃に伝手を持つものが家中に居れば心強いと思ってな……」

 「まぁ、たしかに備えあれば憂いなし。若様織田信長と奥方の仲もどうなるかはわからんしな。さすが彦九郎だ」


 実際は秀吉の部下を貰いたいだけなんだけどね。いずれは竹中半兵衛とかにも声を掛けるつもりだ。知略や政治が高い武将を説得するのは俺でも難しいから自信がないけど……。


 ちなみに肝心の秀吉も忍衆に探してもらってはいるんだけど、まったく見つかっていない。百姓とかだと全く見当もつかないし、下級の足軽だとしても見つけるのは難しそうだ。


 とりあえず秀吉は放置で、早いうちに滝川家の立場を確立しておきたいものだ。年始から岡崎の安祥城を今川が狙っているという情報もあるし、まずは今年、滝川家ここにありと示せるように頑張るぜ。

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