第17話 滝川家、人手不足

天文17年(1548年) 10月 那古野城下

 滝川 彦九郎(一益)


 さぁ、帰ってきたぜ那古野城!! 信秀さんとの謁見のあと、末森城では信長さんの兄弟で、まだ7.8歳の秀孝くん信包くん、幼い信興くんなどに挨拶できた。


 特に将来、伊勢長野家に養子入りする織田信包、長島近くの古木江城主となる織田信興の兄弟とは仲良くしておかないとね。


 そして長島一向一揆で討ち死にしてしまう信興だが、なんとか助けてあげたいというのもある。今は孫六郎が長島願証寺との友好関係を作ろうとしてくれているから、もしかしたら一揆は起きないかもしれないけれど……。


 2人ともまだまだ幼いけど、今のうちに顔を覚えてもらって、将来、一緒に働くことになったら信長さんに良い報告をしてもらうんだ。


 あとは残念ながら、将来信長と対立するかもしれない織田信行と土田御前には会えなかった。もう既に家中では”うつけ信長”の噂があって、信行を担ぎ上げようとする動きがあるみたい。信長の筆頭家老であるはずの林秀貞なんかはこそこそ信行のところにも顔を出しているらしい。


 御家騒動は一時的でも織田家を弱体化させるから、できれば避けたいんだけどねぇ。史実だと信長による尾張統一はめちゃくちゃ時間かかってたみたいだし。


 ただ、幸いにも信長派の武将もそこそこいるらしく、影響力が大きいとこだと、信秀の弟・信光や家老・平手正秀など。


 信秀が元気なうちは問題ないだろうけど、味方は少しでも多い方がいいからな。俺もいろいろ声掛けや派閥作りをした方がいいかもしれない。


 信長の兄弟への挨拶の後は、佐久間、青山、内藤といった現当主・信秀の側近や柴田、佐々、河尻といった現場武官へ顔見せ程度に挨拶して末森滞在は終了。殿には知行と自称官位の許しも貰ったし、織田家仕官は大成功と言ったところだろう。


 これで俺も、滝川左近将監一益と名乗れるわけだ。


「殿、九鬼様の船から我が家の荷駄を屋敷内へすべて運び終えました」

「すまんな、平右衛門」

志摩守様九鬼浄隆はその船で殿に先んじて蟹江港に戻るとの仰せで御座いました。それと、お方様滝川お涼は孫六郎、照算を連れて街を見聞すると、出ております」

「わかった。屋敷が整えば俺も蟹江へ向かうとしよう。お涼については、あの二人が護衛していれば安心だ。屋敷の差配は平右衛門だけで大丈夫か? 」


 俺が那古野城下に貰った屋敷を差配するこの男は篠岡平右衛門。甲賀より俺に付き従う中忍頭で歳は33ほど。これまでは尾張に潜入して、池田家や前田家とのつなぎ役をしてくれていた。


 今後は俺が当主となる尾張滝川家の家老を務めてもらう。武将というよりは、織田家の京都所司代を務めた村井貞勝などのような官吏といった立場だ。


 ステータスはこんな感じ。


 "篠岡平右衛門 ステータス"

 "統率:54 武力:64 知略:76 政治:80"


「はっ。尾張で殿が家臣として迎えた佐治新助と木全又左衛門忠澄が手伝います故、大丈夫かと」

「おぉ!! あの二人にさっそく働いてもらうか。家老として二人の教育は頼んだぞ」

「ははっ。かしこまりました。よし、新助は屋敷の奥から、又左衛門は入り口から物を運び込んで片づけよ」


 尾張滝川家を興し、弾正忠家に仕えることとなったのはいいが、我が滝川家は人手不足という問題を抱えている。


 蟹江港、海西郡の所領、市江砦、那古野屋敷。鉄砲衆や忍衆という兵は居ても、これらを差配し領地経営できるだけの武将がいないのだ。そこで滝川家は絶賛武将の募集中というわけだ。


「左近様!! お方様の荷物はどちらに運びましょうか」

「お涼の部屋は奥の綺麗な襖絵のところだからそこに頼むよ」

「かしこまりました!又左衛門、そっちを持ってくれ」

「はいはい。新助殿は細いんだから、重いもんは俺に任せてくれ」


 そして滝川家の尾張リクルート活動の第一号と二号が彼らだ。


「なにうぉ!? 私だってこれでも幼い頃から佐治水軍の船乗りで……」

「はいはい、わかりましたから。ほら、新助殿の持つ方がどんどん下がってますよ……」


 20才くらいの痩せ気味体型で、若い又左衛門に指示を出してテキパキと引越し作業を進める武士はリクルート第一号こと、佐治新助。


 知多半島を拠点とする佐治水軍の棟梁……の分家のそのまた分家の貧乏三男だ。尾張にやってきた九鬼海賊衆の力強い舟に憧れて、はるばる知多半島からやってきた。


 佐治新助本人は親、兄弟のような船乗りを志しているようだが、哀しいかな、その身体の線の細さでは刀を振り回すので精一杯。既に屈強な船乗りを多く抱える志摩守に仕官を断られ、失意のうちに街を彷徨うところを俺が声をかけ、うち滝川家に仕官してもらった。


 痩せた新助と一緒に作業する青年は、木全又左衛門(忠澄)。まだ14才で元服したてながら、すでに身長も体格も、当家の誰よりデカい。


 殿信秀に仕える浅井政貞の家臣、木全征詮殿の嫡男で末森に行った時に見つけてきた武士だ。


 “佐治 新助(益氏) ステータス”

 統率:54 武力:43 知略:67 政治:82


 “木全 又左衛門(忠澄) ステータス”

 統率:63 武力:85(武力+1) 知略:40 政治:36

 スキル

 ・木全の槍(開花前):武力+1


 2人とも前途有望、ステータスも申し分なし。これからは滝川家の武将として頑張ってもらおう。


 ステータス的に、新助は文官寄りで又左衛門は武官かな。特に又左衛門は”スキル・木全の槍”というのがあるし、孫六郎のように秘めたる実力がいずれ開花するかもしれない。


 「おーい、左近!! 兄上からここが左近の那古野屋敷だと聞いて来たぞー」


 空っぽだった屋敷が、平右衛門らの働きで少しずつ生活感を取り戻してきたところで聞こえてきた子供の声。


 「おぉ、これはこれは。ようこそお越しくださいました、喜六郎織田秀孝様。それに、河尻殿まで」


 そこに居たのは信長の腹違いの弟、信秀五男の織田喜六郎秀孝と弾正忠家侍大将・河尻与兵衛秀隆だった。


 ちなみに信長は信秀三男で嫡男。上には、庶長子信広(三郎五郎)と同じく妾腹の二男信時(安房守)がいる。四男は例の信行(勘十郎)で、彼も嫡男だ。


 「早く滝川式火縄銃とやらを見たくてな。与兵衛河尻秀隆は護衛じゃ」


 末森城で若様と一緒に弟さん達に挨拶に行った時に、喜六郎くんになぜか懐かれた俺。あの時から火縄銃を、見たい見たいと大はしゃぎしていた。


 どうやら喜六郎的には、傾奇者の兄に憧れていて、その兄が師範とするような俺は更に凄い人だ……みたいな思考で、俺を気に入ってるらしい。子どもの考えることは単純だねぇ。


 「左近殿、突然の来訪、申し訳ありませぬ。喜六郎様が那古野にゆくと、勝手に厩から馬を出そうとしておったところを某が見つけまして……」


 誰に似てきているのか、喜六郎様はなかなかのやんちゃ坊主に育っているようだ。史実だと、15.6歳くらいの時に一人で馬に乗っていたところを叔父の信次の家臣に無礼討ちにされて亡くなっているはずだ。


 秀孝くらいの身分で供も付けずに乗馬するはずもなく、討たれるのは自業自得で仕方ないとはいえ可哀想だとは思う。こんな幼い頃から未来の不幸の下地が出来ていたとは……。今のうちにこの悪い癖が治るといいんだが。


 「いえいえ、河尻殿が気付いてよかった。喜六郎様に何かあっては困りますからね。それに末森ではあまり話す時間もありませんでしたらよい機会です。ささ、喜六郎様もまずはお上がりください」

 「うむっ!! 邪魔するぞ」


 若様信長の真似なのか、粗暴な物言いで屋敷に上がってきた喜六郎様の後ろを歩く河尻秀隆が、顔を顰めて俺に申し訳なさそうにしているのが見えた。


 河尻殿は若くて勇猛な侍大将なのに、なかなか見た目に似合わず良い奴のようだ。まぁ、後に信忠の補佐役や武田の旧領である甲斐を治めた有能さんだ。出世するだけあって、武辺一辺倒なわけもないか。


 ちなみに生まれは1527年頃らしく、俺の2個下で歳が近いからできたら仲良くしたいな……なんて思っている。


 立場的には、俺は新参だが知行と城持ちのいわゆる"国衆"。河尻殿は土地は持たない俸禄家臣だが織田家に長く仕えているという点で少し違うが……。今後、馬廻衆など、当主の側近を歴任するであろう河尻殿とは仲良くなって損はない。


 「なぁ、左近。お主は佐渡林秀貞中務丞平手政秀のように自前でおっきな屋敷を建てないのか? 」

 「当家は若様からお借りしたこの屋敷でも十分なくらいの人手不足で御座いまして。まずは武士を揃え、頂いた領地を整え、最後に屋敷で御座います」

 「滝川家は人が居らんのか……。なら儂が元服した後は、左近に仕えてやってもよいぞっ!! 」


 いやいや、この子何言ってんの。君は社長一族だから最初から部長待遇くらいで、俺は叩き上げの係長待遇くらい。いくら俺の方が歳が上でも、そもそものスタートラインが違うんだよなぁ。結果、顎で使われるのは俺の方なんだよォ。


 「なにをおっしゃいますか、喜六郎様。喜六郎様は若様のご兄弟で御座いますから、若様をお支えしなければ……」

 「なれんっ!! 儂は兄上の力にはなれんのじゃ……」


 えぇー、いきなり癇癪起こしてどうしちゃったの喜六郎様ぁ。さっきまでご機嫌だったじゃなぁい……。


 若様も起伏が激しいから気を付けるようにって平手正秀さんに会った時に言われたけど、もしかして、喜六郎様もなのか!? 上司が癇癪持ちって、部下的にはめっちゃメンタルきついんだが……。


 急に大声を上げた喜六郎様に河尻殿や平右衛門や作業してた新助と又左衛門も驚いちゃってるよ。


 「儂は商屋の娘の子じゃ。兄上達や側室腹の菊千代信包幼名とは同じにはなれんのじゃ……」


 そう言うとぽろぽろ泣き出してしまった喜六郎様。


 あーなるほど、そういうことね。喜六郎様の癇癪の理由がわかりましたよ。


 嫡男であることや、身分制度の意識が強いこの時代。妾腹や商家の出で士分でない出自の子たちは、肩身の狭い思いをしているのだ。喜六郎様もそういった鬱憤を幼いながらに溜め込んでいるのかもしれない。


 ある意味、俺も甲賀では嫡男という身分の呪縛に苦しんだしなぁ。


 俺は嫡男として期待される重圧、喜六郎様は妾腹で期待されない悲しみ――。異なるようで似ている悩みかもしれない。


 商屋の娘の子とはいえ、将来は織田家から多少の俸禄をもらって、絵や詩を書いて過ごすなんて生き方も出来るだろうに、この子はそんな生活に満足できないのだろう。兄や弟達のように弾正忠家に役に立ちたいという責任感があるのかもしれない。


 俺も甲賀では辛い思いもしたが、周りに味方になってくれる大人も居た。だからもし、喜六郎様が悩んでいるなら、ここでは今度は俺が味方になってあげよう。


 「喜六郎様は、どうされたいのですか? 」

 「どうしたい……? 」


 喜六郎様はわからぬと言った具合にぽろぽろ泣きながら首を傾げた。


 「お方様や周りに何かを期待するのではなく、喜六郎様が何をしたいのかということです」


 いやぁ、子どもにこういう話するの苦手なんだよなぁ。俺、子育てとかしたことないし……。うまいこと言葉にできないしなぁ。


 でもこんな小さい子が将来のことを悲観するなんて悲しいだろ。こういうことがこの時代では当たり前なのかもしれないけどさ。


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