志摩争乱 編

第6話 波切湊

天文16年(1547年) 6月 志摩国 波切

  滝川 彦九郎(一益)


 前回、志摩に向かうのが決まったとはいえ、冬の冷たい海を移動するのは些か厳しいということで春過ぎの船旅となった。


 とはいえ、熊野灘では荒れる日などは船が出せず、途中何日か足止めを食らったりと困難な船旅だった。船といっても現代と違って木製だし、安定感はかなり欠ける。


 ただ、鍛えているせいか、俺の身体はかなり丈夫なようで、このような荒波に揉まれても意外となんとかなった。


 問題はこの男だ……。


 「オロロロロォォォ……」

 「もうっ!! 彦九郎さんっ!! 津田様を私の近くで吐かせないでくださいッ!! 」

 「あぁ、すまんすまん。照算、船酔いで気持ち悪いのはわかるが、船の反対側で吐いてくれるか……」


 お涼の視線の先には、船の縁から海に顔を出したまま、少し酸っぱい匂いを漂わせる法師姿の男がいた。特徴的なのは背に俺が贈った滝川式火縄銃を背負ったところだ。

 

 この滝川式火縄銃だが、芝辻清右ヱ門と試作していた銃架も折りたたみ式にする事が成功。持ち運びに便利な形となり、滝川式火縄銃に組み込まれていることとなった。


 「わ……わかりましたぁぁオロロロロォォォ……」

 「あちゃぁ……こりゃひでぇや。彦九郎、陸に着いても此奴はしばらく使い物にならねぇぞ。ハッハッハ」


 今回も快く同乗を許してくれた堺・橘屋の商船を阿鼻叫喚に陥れているのは今回が初の船旅だという津田照算だ。堺で商船に何度か同乗したことのある俺や妻・お涼、そして海賊衆の一面も持つ雑賀出身の鈴木孫六郎と違って、真言宗の山育ちの照算には少し船旅はキツかったようだ……。


 真っ青な顔で涙目になってる法師姿の大男、照算くん。ぺこりと頭を下げると、少し離れた場所に移動してまた海へと頭だけ突き出してグロッキー状態へと移行した……。


 可哀想だけど、弁慶みたいな見た目なのに船に弱くてへろへろになった姿にギャップがありすぎて面白い……。


 延々と吐き続ける照算を見てそんなことを思っていると、周囲は海だけだったはずなのに、聞き慣れない人の声が船外から聞こえてきた。


 「そこの橘紋の船よぉっ!! ここから先は波切領である。通るのならば案内料を払われよっ!! 」


 どうやらようやく九鬼家の領地・波切に着いたようだ。声の方向を見やると、橘屋の船より一回り小さい船がいつの間にか並走しているではないか。


 ここから見る限り、海賊衆だけあって船の扱いが上手い。するすると小早と言われる船を使って橘屋の安宅船に寄せてくる。


 「船頭はいるか。ここから波切の港までは儂らの指示に従ってもらう」


 どうやら水先案内人として港まで同乗するらしい。船の操舵は橘屋の船頭さんに任せて、俺は九鬼の御家と話がある事を伝えなければならないな。


 「そこの御仁っ!! 俺は滝川彦九郎って者だが、お主は九鬼家の者で間違いないか」

 「あぁん!? 俺は九鬼家の海賊衆の権八だ。てめぇ、俺たちに逆らう気か!? 」


 どうして名乗っただけでそんなに喧嘩腰になるんだ、このバトルジャンキー共め。危ないからその刀は仕舞ってくれぇ……。 


「 権八 ステータス 」

 統率:36  武力:50  知略:30  政治:40

「 所持 」

 ・ボロい刀 (+0)

「 スキル 」

 ・なし


 しかもステータスがめっちゃ低いっ!! なんでそんなステータスでそこまで強気な態度なのぉ!?


 ちなみに武力は【 一騎打ち 】の際に使うステータスらしい。基本的に【 一騎打ち 】では武力数値が高い方が勝つ。統率ステータスの関係がある集団戦じゃない限り、うちのお涼ちゃんでもこの権八さんを一捻りで倒せちゃうよ……。


 「いやいや、逆らう気は全くないんだが……。ここに九鬼家当主・宮内大輔自称官位(定隆)様とやり取りした幾つかの手紙がある。ここに書いてある通り、宮内大輔様に用事があってここまで来たんだ。ご案内して頂けるか? 」

 「うーむ……。確かに花押は九鬼家のものだが……。俺には判断できねぇ。波切城主・石見守(重隆)様に判断して貰わにゃならねぇ」


 よしよし。なんとか言いくるめられそうだ。


 そもそも、俺の政治:85のステータスを活かしてあらかじめ九鬼家と手紙のやり取りをしておいたんだ。いきなり行っても門前払いとなりそうだしな。


 現代なら電話やメールでアポ取りして先方に伺うが、この時代、外交と言えば手紙だからなぁ。時間は掛かるし手紙が必ず届く保証はないし不便なんだが、仕方ない。


 ちなみに、政治ステータスが高いと外交や交渉で有利になるのだが、知力ステータスが高い相手には通用しない。例えば、そこそこ政治が高い俺が、竹中半兵衛や黒田官兵衛といったおそらく知力:90を越えるような武将に外交交渉をしてもうまくいかないといった具合だ。


 だがそれでも俺は、これからお世話になる尾張の縁戚・池田恒興とも手紙のやり取りをしているし、滝川家から嫁を取ってる益子城主・前田利久とも文通仲間になることができている。


 つまりは、俺のステータスは一般的な武将達と比べて高めというわけだ。


 この文通相手の池田恒興は、俺の父親・滝川資清の兄・池田恒利の子。父親が早くに亡くなって、若くして池田家当主となった。ちなみに母の養徳院が織田信秀の側室になったので、信長の乳兄弟となり、未来の織田家の重臣になる男だ。


 前田利久は滝川から妻を娶っているんだが子が出来ず、妻の弟を養子として迎え入れる。その子が天下一の傾奇者だったり教養人とも言われる前田慶次郎(利益)だ。


 前田家の名跡は信長の小姓になっていた前田利家に取られて益子城を出ることにはなるんだが、そんなことが起きても大丈夫っ!! 我が滝川家が追い出される方の前田一族を受け入れようではないか。


 歴史ゲームなんかでお馴染みの前田慶次郎はきっと、武力ステータスが高いに違いないからなぁ。ブァッハッハッ――、とまぁ、そんな下心もあるが……、とにかく伝手はたくさんあるに越した事はない。そして知略の低いこの海賊衆・権八を丸め込むなんざ楽勝だ。


 そして外交と違って、このような直接交渉時はステータス勝負に持ち込めばいい。武力で勝負する【 一騎打ち 】と同じように、この世界では俺だけが使える【 舌戦 】というものがある。

 いざっ!!【 舌戦 】


 「九鬼家当主と手紙をやり取りしているこの俺を、あんまりぞんざいに扱うのは宜しくないと思いますぞぉ、権八殿」

 「う……。た、たしかにそうかもしれん……」


 【 舌戦結果 】

 滝川一益・政治: 85 対 権八・知略: 30

 滝川一益の勝利!!


 「よしわかった。お前らぁ、こちらの滝川様はうちの御客人だぁ。丁重にご案内せぇいっ!! 」

 「「へいっ!! 」」


 かくして、権八の案内で俺たち橘屋の商船は波切湊に無事入港することとなった。

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