第3話 堺筒改め、滝川式の達人
天文15年(1546年) 10月 紀伊国 十ヶ郷
鈴木 孫六郎(重秀)
鉄砲伝来からまだ日が浅いこの頃。火縄銃を作ろうとする工房は少なく、販売――、ましてや量産ができるような工房は滝川一益がいた橘屋を含めて、いまだなかった。
独自の工房を持った雑賀郷でもそれは同じで、雑賀党の半数は弓を使い、皆が火縄銃を専門で扱うまでには至らなかった。そんな雑賀郷の一角で、滝川一益は炉に火を焚べていた――。
カンッカンッカンッ……
「おう。彦九郎、今日も精が出るな」
「おぉ、孫六か。やっぱり銃身を長くすると重くて腕が疲れるからな。それをなんとかできないかと思って……」
船を持ち、傭兵業だけではなく貿易も行う雑賀衆と火薬の取引のある橘屋のお客様ということで、射撃披露の歓迎会を根来衆と共に開いたの俺の親父・鈴木三太夫。
俺も鈴木家の代表として遊び半分で参加したが、鉄砲鍛冶師だと思っていた彦九郎も参加すると聞いて驚いたぜ。しかもそいつが俺と同じくらいの腕前だったから余計に驚いた。
正直、雑賀郷で俺より上手いヤツはいない。俺の親父・三太夫も弓は俺より上手いが、火縄の扱いについては俺の方が上手いぜ。それと、火縄の音も彦九郎の作った堺筒の方が雑賀筒より地が揺れるような重低音がする。何やらいろいろ工夫しているらしいな。
「今日は津田の次男坊が一緒に来る予定だ。彦九郎の堺筒は監物殿によっぽど気に入られたようだな」
「雑賀の者たちはみなこれを堺筒と言うが、堺の鉄砲鍛冶の中でもこの形を作るのは俺くらいだぞ。どちらかと言うと、滝川式と言って欲しいな」
なるほど……。此奴は津田流のように自分の鉄砲を使った流派を興すということか。ただ南蛮の武器を使うだけでなく、剣術や薙刀術、槍術のように鉄砲術の流派を興そうとは面白え。
「なぁ彦九郎。この滝川式ってのは秘伝とかではなく、誰でも教えを乞う者がいれば教えるんだよな」
カンッカンッカンッ。
「あぁそうだよ!! そんな大層なもんでもないしな」
「やっぱりそうか。俺も滝川式を使ってみてぇな……」
雑賀で俺より上手い、強い奴はいねぇし、親父の三太夫が退くと次の「雑賀孫一(雑賀衆の棟梁)」の名跡を継ぐのは俺だ。そうなれば自由に諸国を移動したり、別の流派を取り入れるなんて簡単にはできなくなっちまう。
「孫六もこの滝川式火縄使う? まだまだ改良中だけど」
この滝川式は彦九郎の言うようにまだまだ改良されてゆくのだろう。実に面白え。彦九郎自身もよい男だし、親父を説得して、孫一を継ぐまでこの男の下で鉄砲についてもっと学んでみるのもいいかもしれねぇな……。俺はこの鉄砲を武術のように極めてみてぇんだ。
「あぁ……彦九郎が良いってんならぜひ俺にも使わせてくれ。できればお前の知ってる技術や鉄砲鍛冶だって知りてぇ。畿内で1番の鉄砲撃ちになりてぇんだ」
「孫六の武力なら十分1番の鉄砲撃ちにはなれると思うけど……。でも明智とかもたしか鉄砲の名手だったよなぁ。畿内1番を目指すなら、武力がプラスになるような火縄を渡すか……」
なにやら彦九郎がぶつぶつ独り言を言いながら鍛治をやってるが、流れるような手際の良さだ。彦九郎のように自分の使う火縄銃を自分で手入れできるようになれば、鉄砲撃ちの一段高みに登れる気がするぜ。
「よしっ!!わかった!! 孫六郎が使いたいと言うなら俺の使ってる特注品とまではいかないけど、滝川式の火縄を用意しよう。お代はしっかりもらうからその用意は頼むよはははっ」
「おう!! それは任せてくれ。俺も畿内の戦働きで少しは稼いでるからな」
よし、あとは親父の説得だな。まぁ、彦九郎の鉄砲の腕を見てるから彦九郎について紀伊を出て尾張に向かう許可はすぐ貰えるだろう。この紀伊の山ではできない経験も俺を強くしてくれるだろうしな。
それに向かう尾張のすぐそばには伊勢願証寺もある。浄土真宗の俺には近くに同派の寺があるのはありがてぇ。ただ、加賀の一向門徒と呼ばれる奴らは嫌いだ。
やつらは浄土真宗の王法為本(現世は仏の世ではないのだから、法に従いなさいという教え)を守らぬ狼藉者達だ。俺たち雑賀衆も武士だ。仏の教えと称してその様な乱暴狼藉を許すわけにはいかぬ。
本願寺宗主の証如殿も加賀の一向一揆には頭を痛めている様で、山科本願寺の過ち(天文当初に一向一揆を恐れた細川晴元・六角定頼・法華衆が浄土真宗本願寺を攻めた)を繰り返さぬ様、みだりに乱を起こさないように文を発給しているしな。
三河国内でも門徒が何やら不満を持っているとの話だが、加賀の様にならぬことを祈るばかりだ……。
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