第2話 紀伊 雑賀・根来衆

天文15年 (1546年) 2月 紀伊国 十ヶ郷

  滝川 彦九郎(一益)


 紀ノ川河口一帯を治める雑賀衆。「雑賀荘」「十ヶ郷」「中郷(中川郷)」「南郷(三上郷)」「宮郷(社家)」の五つの地域を治める幾つかの土豪が集まって傭兵として畿内を中心に活動した者達をそう呼んでいた――。


 ズダァッッッン!!  パァーーンッ!! 


 「滝川様、的中っ!! 」

 「孫六様、的中っ!! 」


 堺を出た俺は橘屋又三郎殿のご好意で商船に同乗して紀伊の紀ノ川河口まで無事やって来れた。もともと火薬類の取引で雑賀衆と橘屋はやり取りがあった事もあり、先方へ俺の紹介までしてもらっている。


 流れ者の俺とお涼を受け入れてくれたり、鍛冶を教えてくれたり――、度量の広い橘屋さんには頭が上がらないね。


 ちなみにこの、人に頼み事をしたり、相手を説得するという点についてもステータスが関係している。ステータスの政治が高いと相手への根回しや調略にバフが掛かる。その一環で日常生活の説得や頼み事にも影響が出るようだ。


 俺の政治:85のステータスはなかなか優秀な部類に入るらしく、堺での鉄砲鍛冶の弟子入りの交渉でも一役買ってくれている。もちろん、ステータス効果があったとはいえ、受け入れてくれた橘屋の人達が良い人達だったって事に変わりはないけどね。


 ズダァッッッン!!  パァーーンッ!! 


 「滝川様、2射的中!! 」

 「孫六様、2射的中!! 」


 今、俺と射撃対決をしているこの男。雑賀棟梁・鈴木三太夫の嫡男で、その名を鈴木孫六郎(重秀)という。


 彼のステータスはこれだ。


“ 鈴木孫六郎 ステータス “

 統率:65  武力:92(+4) 知略:60  政治:63

“ 所持 “

 ・雑賀火縄銃: 武力+2

“ スキル “

 ・孫一を継ぐ者(開花前): 武力+2


 うーん……、脳筋!! 武力たかっ!! 見事と言っていいくらい武力に全振りのステータス!!


 この男、のちに火縄銃の使い手として名高い射撃の天才。加えて、傭兵集団雑賀党をまとめ上げる戦場のもう。熱心な一向門徒でもあった事から、二重の意味で申し子(神仏に祈ったことでできた子)とも言えるが――、それはともかく、鈴木孫六郎といえば”雑賀孫一”として畿内で恐れられられた勇将なのである。


 俺も堺で俺特注の火縄銃(武力+8)を作っていなければトータル武力:96のこの男と射撃勝負で張り合うことはできなかったはずだ……。


 まぁ、とりあえず鈴木孫六郎さんの事は傍に置いておくとして。この俺の渾身の火縄銃の重低音の発射音がなかなか良い――、いや、良い。


 ズダァッッッン!!  パァーーンッ!! 


 「滝川様、全射的中!! 」

 「孫六様、全射的中!! 」


 腹の底に響くようなこの重い音っ!! 肩にずしんっと伝わる衝撃っ!! 隣で撃ってる孫六郎さんの火縄銃がまるで豆鉄砲のようではないか。はっはっは。


 「両者、素晴らしい射撃じゃ」「あの孫六様と同等の腕前とは」「さすが孫六様よ」「堺筒もなかなかやるな」


 見物していた十ヶ郷・鈴木家の家臣達も俺たちの射撃に感心してくれているようだ。よしよし。後々敵対しないためにも、そうやってこの俺、滝川一益の名前を覚えていってくれ。


 「やるなぁ滝川殿。堺の鉄砲鍛冶と言うから射撃はどれ程のものか試してやろうと思ったが、雑賀衆で一、二を争うと自負する俺と同じほど当てるとは恐れ入った」


 全ての射撃を終え、肩に火縄銃を担ぎ、爽やかに喋り掛けてきた好青年。これがいずれ一向門徒として畿内で暴れ回ることになるとは想像できないなぁ。


 この鈴木孫六郎の年齢は俺と同じ20に届くか届かないかぐらいの若者だが、なかなかイケメンで良い男だ。少し太めの眉がきりっとしていて目力を感じさせる。


 「いやぁ、最後の一射などは外しそうでしたよ。それに比べて孫六郎殿は余裕のようで、さすがですな。はっはっは」


 ここは一生懸命ヨイショしておこう。いずれ傭兵集団、雑賀衆の中心人物となるはずのこの若者を味方にできるかできないかは、信長さんの部下になる俺にとっては重要だ。


 ただ、そもそも一向門徒が多い雑賀衆が、織田家と本願寺がやり合うことになった時、味方で居続けてくれるかは微妙なところだ。やはり、この時代の信仰心はばかにならないからなぁ……。


 まぁ、中立くらいでいてくれればそれでも良い。伊勢に所領をもらう予定の俺からすると、近くの紀伊が全力で本願寺の味方にならないことが重要だ。


 「お次は土橋重守殿と根来衆の津田監物(算長)殿ですな。滝川殿、例の津田流砲術とやらが観れますぞ」


 土橋重守さんは孫六郎さんと同じ雑賀衆で十ヶ郷鈴木家と並ぶ雑賀庄の有力土豪の当主だ。一方で、津田監物さんは坊舎450を抱える真言宗の根来寺の杉坊院主で、僧兵鉄砲隊のかしらである。


 パァーーンッ!!  パァーーンッ!! 


 「土橋様、10中6射的中!! 」

 「津田様、10中8射的中!! 」


 俺や鈴木孫六郎には及ばないがこの時代の射撃のプロなだけあって、2人もなかなか良い的中率だ。ちなみに土橋重守は武力:68、津田監物は武力:80だ。その他の能力は鈴木孫六郎と同じくらい。できれば同じ射撃手として今後も仲良くしていきたいものだ。


 とりあえず雑賀衆の中で俺に仕えてくれる者が居ないか後で孫六郎さんに聞いてみよう。


 今は浪人だけど、尾張で仕官が済んでから合流してくれるのでも良いし、傭兵集団との伝手つては持っておいて損はないはずだ。


 「なかなか全射的中とはなりませぬなぁ。日々精進せねば……」


 そんなことを言いながら、津田監物が禿げ上がった頭をぺしりと叩きながらにこにこ顔でこちらにやってきた。若くてフサフサの孫六郎さんに比べて、こちらはハゲ親父――、いや、もしかしたらお坊さんだから剃ってるだけかもしれないな。


 それはともかく、この津田監物さんはお坊さんなのに鉄砲にご執心なヤバい人かと思っていたが、話してみれば案外気さくでいい人かも。


 服装が俺や孫六郎さんの小袖の着物と違って法師姿だから、今日みたいに武士の中に火縄銃を担いだ法師が居ると少し目立つ。


 そうだそうだ、忘れていた。この人も一応ヨイショしておかなければ……。


 「8射的中お見事でしたね。弾込めが素早く見事でございました」

 「お褒め頂きありがたい。やはり火縄銃は一射に時間が掛かりますから。そこを如何に早く、安全に行うかは重要でございます」


 いやぁ、まさにその通り。いち早く鉄砲を手に入れた人物だけあって欠点をよくわかっているな。


 今の畿内は細川京兆家や将軍を巡って足利義晴・細川晴元と細川氏綱が長いこと争っているから、火縄銃を試せる仕事もたくさんある。そうやって傭兵として各地を転戦して経験を積んだ彼等とは俺も話がよく合う。


 「高価だが弓より使いやすいこの火縄があれば、いずれ戦場の有り様は変わるでしょうな」

 「まさにその通り。滝川殿は尾張の方で仕官をするつもりだとか。戦があればぜひ根来衆をお呼びくだされ。熊野を抜けて海路を使えばすぐで御座いましょう」


 リップサービスかもしれんが嬉しい申し出だな。雑賀衆に根来衆が味方になったらとんでもない鉄砲部隊ができるぞ。


 「仕官が叶った際にはぜひ。俺は鉄砲鍛冶もできますから、この俺で良ければ鍛造も鉄砲指南もできますぞ。はっはっは」


 俺の言葉に孫六郎さんも津田監物さんも少し目を開いて驚いたような顔をしたように見えた。


 俺……、変なこと言ったかな?


 「滝川殿の火縄銃は秘伝などではないので? 津田流は基礎は根来でも広めておりますが、肝は相伝を許した者にしか公開しておりませんが……」

 「いやいや、俺のやり方なんてそこまで大層なものではないですから。雑賀や根来のように集団で使うのではなく、ただ狙撃などに重きを置くだけですよ。ハハハッ」


 あれ、なんかこの2人の目がすごいギラついている気がする。そんなに他流の砲術を知りたいのか……。やはりこの時代の人たちはバトルジャンキーだぜ。


 鍛冶や砲術など、特殊な技術や知識が必要なものは一子相伝と呼ばれ、あまり門外に公開される事がなかった。今回の滝川一益が改良した火縄銃などもその一つ。


 それを惜しみなく公開すると言った一益の言葉に彼等が反応するのも無理もない。それに加えて、彼の政治ステータスが高かったこともあり、皆の一益に対する興味関心がおおいに高まった瞬間でもあった。


 そんな自分のステータス説得バフが掛かっているなど露知らず、滝川一益は、砲術の父・津田監物と射撃の天才・鈴木孫六郎(雑賀孫一)を見事に勧誘したのであった――。

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