転生滝川さんはステータスを活かして戦国時代を生き抜く

シャーロック

諸国漫遊 編

第1話 覚醒とステータス

天文14年 (1545年) 10月 堺の街 鋳物商・鉄砲鍛冶処

  滝川 彦九郎通称一益


 摂津、和泉、河内という三つの国境くにざかいにあったその名の通り、さかいの街。戦国時代、とりわけ豊臣政権時にはそのお膝元として大いに賑わった街だが、その少し前の時代。秀吉がまだ信長の草履取りすらしていない時代からこの街は十分なほど栄えていた。


 その堺の街の大通りから一本逸れた脇道にある鍛冶場では、この話の主人公となる男が一心不乱に炉へ向き合っていた――。


 「おうっ、彦九郎。そろそろ飯にするぞ」

 「親方ぁっ、この部分が終わったら向かいますから先に向かってくださいっ!」

 「おうよっ。あんまり根詰めてやるんじゃねぇぞぉ。いつもの屋台に行ってるから早く来いよ」


 手元は火縄銃の鉄を打ちつつ、目線だけを上げた俺はここ堺の街で鉄砲鍛冶の技術を教えてくれている橘屋又三郎親方を見送った。


 畿内随一の栄える街・いずれ東洋のベニスと呼ばれるようになる堺であれば美味い店などいくらでもあるというのにこの親方ときたら、いつも行くのは裏通りにある少し小汚い小さな屋台店だ。


 「よし。これで銃床を取り付ければ試作火縄銃の完成だ。あとはステータス次第だな……。ステータスっ!!」


 昼飯はまたいつもの蕎麦かぁ――、などと思いつつ、手元の完成品を確認する。


 わざわざ叫ばなくても”ステータス”と心で念じれば道具のステータスは見れるのだが、やっぱりこのセリフ――、言いたくなっちゃうのよねぇ。


 “ 滝川式火縄銃:武力+8 “


 「よしっ!! これまでで最高の出来だ。親方に頼んでこいつを俺の火縄銃にしよう」


 納得のゆく業物が作れるまでいったい何丁こしらえたことか……。


 鍛治を始めて僅か数年ですっかり俺の手も無骨な見た目になっちまった。だが、この完成品を見ればそんな苦労など、どうでもよく思える。


 「ちぃと重いが……、今の技術ではこれが限界かなぁ」


 俺の作った独特な形状の火縄銃を肩に構え、照準を合わせる仕草をしてみても違和感はない。少し重い事が気になるが、”狙撃”に重点を置くこのスタイルでは仕方がないのだ。


 この時代、西洋から持ち込まれた火縄銃は銃床が短く弓のように身体から離して構えるものだ。だがしかし、俺の作ったこいつは少し異なる。


 今回拵えた火縄銃は銃床が長く、肩につけて使用することで、照準の安定と長距離射撃に長所を持つ。大鎧・胴丸といった古い鎧を着てこの火縄銃を使うのは難しいだろうが、当世具足や今後、織田信長が着用するような南蛮具足であれば、この長い銃床も邪魔にならずに利用できるかもしれない。


 まだ日本に伝来したばかりの火縄銃を知っており、改良も加えられるには訳がある。それはこの俺――、滝川彦九郎(一益)が未来の日本の知識を持った人間だからだ。


 俺がこの戦国時代に滝川一益として覚醒――、いや、転生か? どちらでもよいが、意識がはっきりしてから、はや五年……。


 15歳で元服してすぐの頃、実家の滝川忍びのお役目で敵地に侵入中、敵に見つかって命からがら山に逃げ込んだ。その時、木から落ちて頭を打った俺は、前世と言っていいのか……未来の日本で生活していたことを思い出したんだ。


 覚醒していきなり敵味方の怒号と弓矢の飛び交う山中さんちゅうを走り抜けなきゃいけなかった俺は先輩忍びに助けられつつ何とか生き延びることはできた。


 そして近江・甲賀郡にある滝川館に帰ってまず最初に何をしたか――。


 それが”ステータス確認”だ。


 転生と言ったらやはりこれ……。というか平和な未来の日本でゲームをしながら過ごした記憶が覚醒したところでなんのメリットもない。むしろ倫理観や命の重みを知っているからデメリットの方が大きい。何なら元服前に初陣で何人か打ち取ってる自分(一益の覚醒前)にドン引きしちゃったよね。


 というわけで――、何の知識もない一般人が転生したところで、「ヒャッハー!!大将首だ!!首実検だぁ!!」とやっている戦国時代でステータスのような能力がなければあっという間にあの世行きだ。


 そこで未来の日本の歴史ゲームのことを思い出し、わらにもすがる思いで”ステータス確認”をしたわけだ。


 そして俺のステータスがこれ。

“ 滝川一益 ステータス “

 統率:89  武力:85(+11)  知略:75  政治:85

“ 所持 “

 ・滝川式火縄銃: 武力+8

“ スキル “

 ・ステータス確認

 ・鉄砲鍛冶: 銃火器利用時 武力+3


 どうよこれ。結構高くない??


 さすがは「退くも滝川、攻めるも滝川」と評されただけある……。とまぁそんな具合で、このステータスの高さならなんとかやっていけそうで安心したよね。


 ちなみに、これは今の現在のステータスで、その内容は5年前から変わってはいない。どうやら人の基礎ステータスは元服すると変動しなくなるらしく、レベルアップで強くなるといったシステムではないらしい。


 ただし、さっき俺が作った火縄銃のような所持品や、スキルといった要素でステータスの強化はできるみたい。もしかしたら俺の知らない隠しステータスとかもあるかもしれないが、検証しきれていないのが現状だ。


 そういうことで、ステータスというゲームのようなシステムがあると知り、それを使って生き延びようと考えた俺だったが、現実はそう甘くはなかったんだなぁ。


 ゲームと違って身体を動かせば疲れるし、いくさに負ければ命はない。怪我をすれば傷口から実際に赤い血が流れ、同時にとてつもない痛みも感じる事になる。果たして君は、そんな世界でゲームのようにステータスが高いからという理由でヒャッハーと人斬りができるだろうか……。


 答えは否だ。


 覚醒した俺は、覚醒する前の俺、本来の滝川一益彦九郎ができていた忍びのお役目や小さな小競り合いでの戦働きができなくなった。もちろん少しずつ慣れて、5年経った今ではなんの抵抗もなく役目は果たせる。慣れというのは怖いもので、令和日本の倫理観ともおさらばした。やらなければやられる世の中なのだ。


 しかし、周りの者たちは順応に時間の掛かる俺に対して「滝川家の嫡男は役立たずだ」と評価した。俺の父上・滝川資清は俺を庇ってくれたが、甲賀のまとめ役である三雲からも御家を継ぐ者としては失格だと評され、父上はやむ無く俺の弟・滝川吉益を跡取りとした。


 そんなこんなで、甲賀にいても弟・吉益の邪魔になるだろうということで、俺は実家の滝川家を飛び出した。そんでもって冒頭の堺の鉄砲鍛冶職人・橘屋又三郎の下に弟子入りして鉄砲作りとその扱いを学んでいたってわけだ。


「あら、彦九郎さんまだ工房にいたの。もう親方はとっくに行きつけの屋台に行っちゃったわよ」

 「あぁ、お涼か。すまんすまん。見てくれこの火縄銃。今完成したとこなんだよ」

 「はぁ、一体何丁作れば気が済むの。そもそも尾張の親戚のところで仕官するって話だったのに、いつまで堺にいるのよ……」


 この俺に文句をいう橘屋の前掛けを着ける女中は妻のお涼。甲賀滝川家の遠縁で、くノ一でもある。甲賀を出た俺に着いてきてくれる俺には勿体無いくらいのいい嫁だ。


 ちなみにお涼のステータスはこれ。

“ 滝川涼 ステータス “

 統率:40  武力:80(+1)  知略:50  政治:35

“ 所持 “

 ・銘もなき忍び刀: 武力+1

“ スキル “

 ・なし


 くノ一としての実力は高く、武力はそこらの武士より強い。それ以外は、まぁ一般人レベルだ。そしてお涼の言う通り俺は尾張に向かうはずなのだが、まず先に、鉄砲を手に入れるために堺にきていた。


 史実において滝川一益は縁戚の池田恒興が仕えた織田家に仕官している。だがどのように仕官したのか、その半生はよくわかっていない。鉄砲の名手だったという記録もあるので覚醒した俺は、尾張に直接向かわず、種子島から国産鉄砲を仕入れた堺の・橘屋又三郎の元に弟子入りしたわけだ。


「弟子入りしてから2年くらい経ったかぁ。よし、そろそろ尾張に向かおう。だがその前に紀州雑賀・根来衆に向かう。あそこも堺と競い合うくらいの鉄砲産地だぞ。それに堺でも最近名を聞く津田流砲術の津田算長に会えるかもしれん」

 「はぁ……。まったく、好きにしなさい。ちゃんと又三郎さんには挨拶はするのよっ!! 」


 呆れたような顔で仕事に戻ってゆくお涼。


 しかし、尾張では信長の元服もまだ来年のはずだ。家督相続も1552年頃だし、とりあえずそれくらいまでに士官すればいいんじゃないか? 史実通り伊勢攻略なんかもあるだろうから、実家の滝川忍びとかも利用しつつ、伊勢・志摩とお隣紀伊で勧誘と情報収集して尾張に向かうとするか。


 史実では本能寺の変まで織田信長に信頼され活躍しまくっていた滝川さんだが、関東で敗北し、その後は豊臣秀吉に派閥争いで負け天下を取られ、晩年は誰の印象にも残らないほど存在感もなく霞んでしまったはずだ……。


 ステータスという俺しか見えない強みがある今回の人生でそんな不遇な最後は望まない。必ずこの戦国時代を生き抜いて勝利を掴み取ってみせるぜ。

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