第89話 白衣の勇者、話す

 英雄の言葉で、心愛は寂しそうに眉尻を下げた。


「そうか。私よりもこの場所を選ぶんだね」


「まぁ、結果的にはそうなってしまうな。でも、べつにアメリカに行かないわけじゃない」


「……どういうこと?」


 英雄は不敵な笑みを浮かべると、立ち上がって、心愛にスマホを見せた。


「食事中に申し訳ないんだけど、心愛のアメリカにある家の場所を教えて」


「え、まぁ、いいけど……」


 怪訝な表情の心愛に家の場所を教えてもらい、英雄は頭に座標をインプットする。心愛はシェアハウスに住んでいるらしく、部屋の位置まで正確に把握する。


「わかった。ここって、心愛が一人で生活しているの?」


「うん」


「それじゃあ、ちょっとだけ、出かけようか」


「え」


 英雄は心愛の肩に手を置き、【瞬間移動】を発動する。


 そして二人は、それまでとは異なる場所に立っていた。


 服などが散乱し、汚いお部屋。


 心愛は驚愕し、部屋を見回す。


「うそっ、ここって」


「心愛の部屋でしょ?」


 心愛はデスクトップパソコンを起動し、パスワードを打ち込む。表示されたデスクトップを見て、唸る。


「間違いない。ここは、私の部屋だ」


「だろ? ってか、部屋の汚さは相変わらずだな」


 心愛に睨まれ、英雄は苦笑する。


「あれ? 心愛の部屋から物音が聞こえたような」


 部屋の外から同居人の声がした。


 英雄は心愛を手招き、再び【瞬間移動】を発動して、自分の部屋に戻った。


 心愛は部屋を見回し、もう一度驚愕する。


「……ということで、会おうと思ったらいつでも会えるから、俺は日本にいようと思う」


「うん。まぁ、それはわかったけど、今の何?」


「いわゆる【瞬間移動】っていう魔法だ」


「何でそんな魔法が使えるの?」


「異世界で学んできたから。言ったろ? 異世界にいたって。お兄ちゃんはそこでたくさん魔法とかいろんなことを学んできたんだ。まぁ、いずれ、心愛にも教えてあげるよ」


「……ありがとう」


「食事に戻ろうか」


「う、うん」


 二人は食事を再開する。英雄は平気な顔で食事を進めるが、心愛にはそんな余裕が無さそうだった。英雄が用意した寿司を眺めたままじっとしている。


「……お兄ちゃんが、日本に残りたいのって今の魔法が使えることだけが理由?」


「いや、それだけではないかな。仕事を続けたいと思う気持ちもある。ほら、今、この仕事をやっていて楽しいし、あとは絵麻たちに約束していたんだ。彼女たちを一流のディーバーにするって。だから、その約束を果たすまでは、しっかりと彼女たちをサポートしたいんだ」


 英雄が真剣な表情で語ると、心愛はふっと笑みをこぼす。


「……良かった。お兄ちゃんのそういうところは変わっていないんだね。安心したよ」


「あ、ああ」


「でも、そっか。絵麻ちゃんたちとそんな約束をしていたんだ。なら、叶えてあげなきゃだね」


「そうだな」


「私との約束も覚えてる?」


「もちろん。大きくなったら、心愛を幸せにするってやつだろ?」


「うん。ちゃんと覚えててくれたんだ」


「まぁな。その約束も守るよ」


「そっか。ありがとう。お兄ちゃん!」


 心愛の無邪気な笑みを見て、10年前の記憶が蘇ってくる。


 一度は止まってしまった時計だが、再び動き出すのを実感し、英雄の顔から笑みがこぼれた。


☆☆☆


 食事後、心愛と皿を洗っていたら、心愛から言われる。


「ねぇ、お兄ちゃんが仕事をしているところを見ることってできないのかな?」


「どうして?」


「お兄ちゃんの仕事に掛ける情熱がどれほどのものか見たいからさ」


「わかった。なら、ちょうど明日、ダンジョンで魔法の練習をやるから、一緒に行く? 多分、アメリカの資格でもいける気がするけど」


「うん。行きたい!」


「OK。啓子さんや絵麻たちに確認してみるよ」


「ふふっ、楽しみ」


「そうだな。俺も楽しみだよ」


 心愛の成長した姿を間近で見ることができそうなので、英雄も明日が楽しみになってきた。

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