第88話 白衣の勇者、決断する

 ――夜。


 英雄はベッドに入って、天井を眺めていた。


 今日は何だか眠れない。


 心愛の言葉が頭の中にあった。


「お兄ちゃんはさ。心愛と一緒にアメリカに行ってくれるんだよね?」


 多分、異世界から戻ったばかりの頃だったら、すぐに頷いただろう。


 しかし英雄には、すぐに了承できない理由があった。


 絵麻たちのことが頭を過る――。


(明日、相談してみようか)


 そして翌日。出社した英雄は朝の打ち合わせが終わった後、啓子に言ってみた。


「そう言えばなんですけど、もしも俺がアメリカに行くと言ったら、どうします?」


 啓子は書類をまとめていたのだが、その書類が手の間から抜ける。


「え、アメリカに行くの? あ、もしかして、心愛ちゃんのために?」


 英雄は書類を拾って、啓子に渡す。


「ええ、まぁ。ただ、まだ何も決めていないので、例えばの話です」


「そ、そうなんだ……」


 啓子は書類を眺め、神妙な顔で言う。


「できれば、まだまだ一緒に頑張りたいなって思う。それは多分、絵麻たちも一緒だと思うよ。ヒデ君的にはどうなの? もう満足しているの?」


「いえ、してません。だから、行くべきかどうかで悩んでいます」


「そうなんだ。なら、残ってくれた方が、彼女たちも喜ぶんじゃないかな。私もその方が嬉しいし」


「……なるほど」


 啓子から必要とされていることを感じ、素直に嬉しいと思う。


(絵麻たちにも聞いてみようかな)


 そして、その日のトレーニング後。絵麻たちと談笑しながら、話すタイミングを探っていると、「そういえば、今日は心愛ちゃんどうしているの?」と一花に質問される。


「出かけているみたい」


「ふーん。そうなんだ」


「そういえば、俺が心愛と一緒に生活するために、アメリカに行くって言ったら、どうする?」


「え、アメリカに行くの?」


「いや、行くかもって話。皆の意見を聞きたくて」


「駄目に決まっているでしょ!」と言ったのは、絵麻だった。


「私たちを立派なディーバーにしてくれるんでしょ? まだその約束を果たしてないじゃん」


「確かに」と一花。


「まだまだあたしたちと上を目指そうよ~。翔琉君と土井ちゃんもそう思うでしょ?」


「そうだね」と翔琉が頷く。


「兄貴との動画もじわじわ人気になりつつあるし、これからも兄貴と頑張りたいです」


「私も皆と同じかな」と菜々子。


「ひでっちと一緒に頑張ってきて、結果が出てきているから、このまま私も一緒に頑張りたい」


 四人の真剣な表情を見て、英雄は照れくさく笑う。彼女たちの言葉が素直に嬉しかった。


「皆、ありがとう」


「というか、心愛ちゃんがこっちに来ればいいじゃん」と絵麻。


「だね。可愛いし、冒険者としての実力もあるみたいだから、うちらのグループにも入ればいいじゃん」と一花も賛同する。


「それは俺も考えたんだけど、心愛が参加しているプロジェクトの解約金? とやらが馬鹿高くて、すぐに準備できるような額じゃないから、それは難しい。ただ、皆の気持ちは分かった。それを踏まえて、心愛に相談してみるよ」


 ――その日の夜。


 英雄は心愛と二人でご飯を食べていた。


 二人の間に会話はない。


 心愛が昨日の答えを待っているように感じた。


 だから英雄が口を開く。


「心愛。一緒にアメリカへ行く件だけど」


「うん」


「俺は――日本に残るよ」

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