第87話 妹、疑う

「誰、この子?」


「可愛い。新しいメンバー?」


 英雄にしがみついている女の子から興味を持たれ、心愛は一瞬、怖気づいてしまう。心愛は注目されることに慣れていなかった。


(あ、絵麻ちゃんと一花ちゃんだ)


 英雄が関わっていることを知ってから、Elementsの動画は全部見た。だから、彼女たちのこともよく知っている。


(本物も可愛いな。って、そうじゃない!)


 心愛は頭を振ると、きっと英雄を睨んだ。


「お兄ちゃん。これはどういうこと?」


「あ、いや、これはだなぁ」


「お兄ちゃん?」と絵麻は首をひねる。


「ん? もしかして、妹さん。じゃあ、本当だったの?」と一花。


「だから、言ったろ。その荷物は妹のだって」


 英雄はソファーにある荷物を指していった。


「ふぅん。ひでっち、ちょいちょい嘘を吐くから、信じられなかったよ」


「ひでっち?」と心愛は怪訝な表情にもなるも、一花が興味津々な様子で顔を寄せるから、腰が引ける。


「あの、何か?」


「あ、ごめんね。あたしは氷室一花。お兄さんがマネージャーを務めるElementsというグループでディーバーをやっている」


「し、知ってる」


「マジ? 嬉しいな」


「あ、じゃあ、私のこともわかる?」と絵麻も迫る。


「絵麻ちゃんだよね?」


「うん! 知ってくれているんだ。ありがとう!」


「まぁ、一応、兄が関わっているグループみたいなので、全員の顔と名前は」


「そうなんだ! そう言えば、あなたの名前は?」


「火野心愛です」


「心愛ちゃんか! 可愛い名前だね」


「え、ありがとうございます」


「名前だけじゃなくて、顔も可愛いよ」


 一花に微笑みかけられ、心愛は照れしまう。


「そんなことないです」


「でも、マネージャーとはあんま似てないね。すごく良い意味で」


「最後の一言は余計だろ」と英雄は呆れる。


「まぁ、私たちは血がつながっていないので」


「あれ? そうなの?」と一花に視線を投げかけられ、英雄は頷く。


「ああ。なんかメディアの人は、気を遣ったのか、その辺のところをぼかしていたけど、俺たちは親同士の再婚で兄妹になった」


「ふぅん。そうなんだ。なんか、ごめんね」と一花は心愛に向きなおる。


「いえ、大丈夫です」


「ってか、何でそんな畏まってるの?」と絵麻。


「私たち、同い年でしょ? もっと楽に接してくれていいよ」


「う、うん。わかった」


「ってか、立ち話もなんだし、ソファーに座ろうよ」


 心愛は一花と絵麻の間に座り、多少の緊張感を覚えながらも、彼女たちとの会話を楽しんだ。


 そうしていると、翔琉や菜々子、席を外していたらしい啓子もやってきて、皆で談笑する。


 皆、良い人だった。


 そして、彼女たちとの会話を通し、英雄の慕われ具合のようなものもわかり、嬉しくなる。


 しかし同時に、ジェラシーも覚えた。


 英雄には、すでに新しい場所があることに気づいてしまったからだ。


 ――その日の帰り。


 心愛は英雄の部屋に泊まることにしたので、一緒にマンションへ帰る。


「どうだった? 皆、良い子だったでしょ」と帰りの道中で英雄に言われ、心愛は頷く。


「うん。皆、優しくして、話しやすかった」


「だろ? 心愛にも紹介してあげたいと思っていたんだ」


 それが、英雄の善意であることはわかっている。が、心愛はその言葉を素直に受け止めきれずにいた。


「どうぞ」


「お邪魔します」


「ここがリビング。まぁ、適当にくつろいで」


「うん」


「俺はちょっと、お茶を淹れるね」


「ありがとう」


 心愛はソファーに座り、部屋を見回す。男の一人暮らしということで、もう少し雑多な場所になっているかと思ったが、部屋はきれいに整理されていた。


「ん?」


 そこで心愛は部屋の端にある段ボールに気づいた。しかもその段ボールからは、サンタの服と思しき赤い服がはみ出ていた。


(懐かしいな。昔も私のために、サンタの服とか着てくれたっけ)


 心愛は自分が小さい時の記憶を思い出しながら、その段ボールに歩み寄り、サンタの服を手に取って、表情が固まる。


 それは――女性もののサンタ衣装だった。


 さらに、段ボールの中を確認すると、女性ものとかしか思えないコスプレ衣装がたくさん出てくる。


「はい。お茶――って、あ、それは!?」


 心愛は冷え切った表情で振り返る。英雄は、心臓が飛び出てしまうんじゃないかと思うほど動揺していた。


「……お兄ちゃん?」


「あ、いや、違うんだ、それは。絵麻たちがさ、クリスマスの日にうちに来て、そのとき、プレゼントとか言って置いていったんだよ」


「絵麻ちゃんたちがこの部屋に来たの?」


「え、あ、まぁ」


「ふーん」


 心愛は部屋に視線を走らせる。ここまで整理されている理由が分かった気がした。


「……絵麻ちゃんたちが来たのはクリスマスの日だけ?」


「いや、まぁ、それ以外にも来てるけど」


「ふーーーん」


「あ、でも、安心して。べつにいやらしいこととしかしていないし、あくまでも俺たちの付き合いは健全だから」


「ふーーーーーん」


 事務所での接し方を見るに、健全な付き合い方はしているんだと思うし、兄がそんな人間ではないと信じたい。


 が、心愛は不機嫌そうに眉を顰めた。


「私が、お兄ちゃんを探そうと思って頑張っているとき、お兄ちゃんは女の子を部屋に連れて混んで、自分だけ楽しんでいたんだ」


 英雄は言い訳を試みようとしたが、心愛の射貫くような視線で諦める。


「……すまん。職場の人間関係とかもあるし、仕方がない部分もあったんだ」


「……認めるんだ」


「心愛には嘘を吐きたくないし」


 その言い方はずるいと思った。そんな風に言われたら、心愛だって、それ以上の追及が難しくなる。久しぶりに会った兄に面倒な妹だと思われたくないし。


「……まぁ、いいわ。それで、お兄ちゃんは私にどの服を着て欲しいの?」


「え、べつに着る必要はないけど」


「ふーん。絵麻ちゃんたちには着させたくせに」


「着させたというか勝手に着たんだけど……」


 しかし、不満げな心愛を前に、英雄は渋い顔になる。


「……ナース服がいいな」


「了解。ちょっと脱衣所借りるね」


「うん」


 心愛は英雄のそばを通り過ぎようとしたところで、足を止める。


 英雄に聞きたいことがあった。


「そういえばさ、お兄ちゃんはこれからどうするの?」


「どう、とは?」


「お兄ちゃんはさ。心愛と一緒にアメリカへ行ってくれるんだよね?」

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