第86話 白衣の勇者、理解する
父親が堅気の人間ではないと聞いて、英雄は驚くと同時に、納得はした。確かにあの男には、そういった雰囲気はあった。
「そう、だったのか。あの男が、なるほど……」
「うん。実はお母さんもそっちの世界にいたみたいで、二人はそこで共通の知人を介して出会い、結婚したんだって。そして、その共通の知人がお母さんのことを心配して、日本にいるよりも外国にいた方が安全かもしれないと考え、お父さんから逃げるためにいろいろ手を打ってくれたの。それで、アメリカにいた」
「ふぅん。お母さんもそっちの人だったんだ」
確かに母親も普通の人とは、少し異なる雰囲気をまとっていたが、そんな事情があったとは露ほども思わなかった。
「じゃあ、その共通の知人って人も、そっちの人?」
「うん」
「そっか。戸籍が途中でわからなくなったのもそういう理由か」
正直、そっち系の人がどこまで戸籍を操作できるのかは知らないが、追跡が難しかったことを考えると、それなりのことはできるようだ。
「心愛は、今の事情をアメリカに行く前から知っていたの?」
「うんうん。私もあっちに行ってから知った」
「そうなのか。教えてくれても良かったのに」
「まぁ、お父さんとお母さんなりの配慮だったんじゃないかな」
母親はともかく、父親にもそのような良心があったことは、英雄にとって驚くべきことではあった。
「それで、アメリカに渡ってからは、あっちの学校に通っていたんだけど、お兄ちゃんを探そうと思い、冒険者になることにしたの」
「俺を探すために冒険者になったの?」
「うん。ダンジョンが出現した時期とお兄ちゃんが行方不明になった時期が重なっていたから、もしかしたら、どこかのダンジョンに閉じ込められたんじゃないかと思ったんだ」
「なるほど。それで冒険者に。ありがとう、俺のために」
「うん」と心愛は照れくさそうに笑う。
「で、今は冒険者の育成プロジェクトに参加していて、ここ最近は、ちょっと日本のニュースを知ることが難しい状況にあったから、お兄ちゃんのことを知るのが遅れてしまったの」
「そっか。でも、ちゃんと会うことができて良かったよ」
「そうだね。お母さんも生きていたら、喜んだと思うよ」
「え。ってことは」
「一年前に」
「……そうか」
「お墓自体は日本にあるから、後で線香を上げに行こう」
「ああ。もちろん」
「それじゃあ、今度はお兄ちゃんの番……だけど、あんまり覚えていないんだよね?」
「ああ、それなんだけど……」
英雄は自分のことを話すべきかどうかで悩んだが、心愛なら他の人に喋ることはないと思い、話すことにした。
「信じられないかもしれないけど、実は異世界に行ってた」
「……異世界?」
「ああ。原理はわからないんだけど、10年間、異世界にいて、最近――というか、半年くらい前に帰ってきて、そこから心愛たちを探そうと思い、いろいろやってみたんだけど、日本では見つけることができなかった。で、海外に対しても発信力がありそうなディーバー事務所に入って、心愛を探していたって感じかな。ちなみに、心愛はどうやって俺のことを知ったの?」
「Elementsで知ったよ」
「そうか。なら、俺の狙い通りってわけだな」
「そうだね。でも、異世界か。本当なの?」
「まぁ、そうなるのもわかる。心愛って冒険者なんだよね? なら、追々、一緒にダンジョンへ行こう。そうすればわかるよ」
「う、うん」
「あ、あと、今の話は他言無用で頼む」
「わかった」
それから二人は、お互いの再会を喜ぶように話し込んだ。
☆☆☆
心愛はほっとした表情で、トイレの鏡の前に立った。
久しぶりに再会した英雄が、自分の知る英雄で安心した。
以前と同じくらい優しいし、自分のことを気に掛けてくれている。
途中でやってきた社長さんの話を聞くに、マネージャーとしても優秀なようなので、妹として誇らしい。
また、その社長さんの計らいで、仕事が終わるまで、英雄が普段仕事に使っている部屋で待機してよいとのことだった。
(ふふっ、お兄ちゃんの仕事している姿を見ることができるんだ)
心愛はウキウキしながら、部屋に戻る。
そして、部屋の扉を開けたとき、そこにいたのは、自分と同じくらいの女の子二人にしがみつかれている英雄だった。
英雄と目が合う。
「あ、いや、これは」
弁明しようとしている英雄に対し、心愛は呆然とした表情で言う。
「……お兄ちゃん?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます