第85話 白衣の勇者、再会する

 ――木曜日。


 英雄が事務所で仕事をしていると、内線で連絡があった。


「そちらに、八源英雄さんはいらっしゃいますか?」


「はい。八源英雄ですが、どうしましたか?」


「受付に妹を名乗る方がいらっしゃったのですが」


「妹、ですか?」


 英雄は渋い顔になる。前はよくあったいたずらだ。しかし、会社まで来るパターンはかなり珍しかったので、魔法を使い、受付の様子を探る。


 そして、持っていた受話器を落としそうになった。


 そこに見覚えのある少女がいたからだ。


「……すぐ行きます」


 英雄は受話器を置くと、慌てた様子で立ち上がる。


「どうかしたの?」と隣で作業していた啓子が心配そうに見ていた。


「妹が来たみたいです。すみません。ちょっと行ってきます」


 啓子からの了承を待たずに、英雄は部屋を飛び出していた。


 エレベーターがなかなか来ないので、イライラしつつも、逸る気持ちを抑えて、エレベーターを待つ。


 他の人に邪魔されたくなかったので、魔法を使い、うまく人とエレベーターの流れを調整し、自分だけエレベーターに乗り込んで、受付のある階で降りる。 


 速足で受付に向かうと、そこに妹の心愛がいた。


「心愛?」


「……お兄ちゃん?」


「ああ、そうだけど」


「お兄ちゃん!」と言って、心愛は駆け寄ってきて、英雄を抱きしめた。


「良かった! 良かった!」


 英雄は心愛を抱き返そうとしたが、未だに目の前の少女が心愛であることが信じられなかった。


 実際に対面し、見た目は成長した心愛に見えるが、いきなりすぎて、逆に冷静になってしまう。


 周りから奇異な視線を向けられていることに気づく。


「と、とりあえず、ここは人の目があるから、別の場所に行こうか」


「うん」


 どこにしようか。英雄が悩んでいると、社用のスマホが鳴って、啓子から連絡が。来訪者対応用の会議室をとってくれたようだ。


(マジでありがとう!)


 英雄は啓子に感謝しつつ、心愛に向きなおる。


「ちょっと、入館許可とか必要になるから、手続きをしようか」


「わかった」


 英雄は受付に事情を説明し、心愛に書類の記入をお願いする。


 英雄は、書類に記入する心愛の右腕にある赤いリストバンドを見て、目が大きくなる。


「もしかして、そのリストバンドは俺があげたやつ?」


「あ、うん」と心愛は照れくさそうに笑う。


「お守りとして大事なときはいつもつけているの」


「じゃあ、やっぱり心愛なのか?」


「むっ、信じてないの?」


「あ、いや。そういうわけじゃんないけど。その、ははっ」


 英雄が笑って誤魔化すと、心愛は不満そうに眉をひそめた。


「仕方ないなぁ。じゃあ、疑り深いお兄ちゃんに、ちゃんと見せてあげるよ」


 そう言って、心愛はリストバンドをめくり、右の手首を見せる。そこにハート形の痣があった。それを見て、英雄の表情が柔らかくなる。


 心愛は昔、その痣が原因でいじめられていた。だから英雄は、その痣を隠すためにリストバンドをプレゼントした。


 そしてこの事実は、公にしていないから、本物の心愛しか知りえない情報である。ゆえに、目の前の彼女は、心愛だった。


「信じてくれた?」


「ああ。心愛だよ。ってか、心愛は俺のことを信じるの?」


「もちろん。だって、私のことを探してくれていたみたいだし。見たよ、SNSとか」


「そうなのか。まぁ、その辺は場所を移してから話そうか」


「うん」


 入館許可も得たので、英雄は心愛を連れて、会議室へと移動する。


 改めて対面すると、どことなく気まずさのようなものを感じてしまう。


 それは心愛も同じらしく、どこか気恥ずかしそうにしている。


 そんな心愛を見て、英雄はふっと笑みがこぼれる。


「何で笑うの?」


「あ、ごめん。ただ、きれいになったな、と思って」


「……もう。ふざけないでよ」


「べつにふざけてないけど、でも、そういう恥ずかしがり屋なところも相変わらずなんだな」


 心愛が批判めいた視線を投げてくるので、英雄は「すまん」と言って、話を変える。あんまり言いすぎて、へそを曲げられても困る。


「それで、何から話そうか。とりあえず、今までどこにいたの?」


「アメリカ」


「アメリカ? 何で?」


「……もとをたどると、お父さんから逃げるためかな」


「父親から? 何で? あれ? そういえば、お母さんは? って、すまん。質問ばかりで」


「うんうん。いいの。お兄ちゃんもいろいろと知りたいと思うから。でも、そうだな。どういう風に話すのがいいんだろう? 時系列で話そうか」


「ありがとう」


「まず、お兄ちゃんが行方不明になった後、お父さんがまたお母さんを殴るようになったの。お兄ちゃんがいなくなったのはお前のせいだと言って。それで、それを見かねたお母さんの友達が力を貸してくれて、国外に私たちを逃がしてくれた」


「そうだったのか。あの野郎……。あれ? でも、出国した履歴みたいなものは無かったみたいだけど」


「それは、ちょっと特殊な方法を使ったからね」


「特殊な方法?」


 心愛は英雄を一瞥した後、いくばくかの思案があってから、口を開く。


「お父さんとお母さんが離婚したのは知っている?」


「ああ。叔父さんに教えてもらった。正直、父親が離婚を認めるとは思えなかったけど」


「あれね。実はお母さんがお父さんのハンコを勝手に使って、離婚届を作ったの」


「勝手に作って? でも、それって犯罪なんじゃ」


「そうだね。お父さんが警察や裁判所に相談できる人間だったら、犯罪になったんじゃないかな」


「え、それって、どういう……って、まさか」


「うん」と心愛は神妙な顔で頷く。


「お父さんは、堅気の人間じゃなかったの」

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