第82話 白衣の勇者、親しくなる

 ――夜。


 英雄は、啓子や絵麻たちと焼き肉屋にいた。


 菜々子が無事に復帰できたことの祝賀会であり、英雄の歓迎会をやっていなかったので、それも兼ねている。


 絵麻、菜々子、一花の並びで座り、その対面に翔琉、英雄、啓子の並びで座った。


「さぁ、皆、今日はヒデ君の奢りだから、好きなだけ食べてね」


「いや、会社の金です」


「じゃあ、高いの頼んじゃおう」と一花。


「いいね。土井ちゃん、何を食べる?」と絵麻は菜々子に微笑みかけた。


「えっと、じゃあ、高級ロース……」


「食べ放題のメニューから選んでね」と英雄。


「え、いいじゃん。私も高級ロースを食べたい!」


「ケチ~」


「食べ放題でも一番上のランクのやつを選んだんだから、我がまま言わない」


 口を尖らせる絵麻と一花を適当にあしらいつつ、英雄も食べ放題メニューの中から肉を選んでいく。


 食べ放題なんて久しぶりだし、普段は牛丼屋くらいでしか肉を食べないから、年甲斐も無くテンションが上がっていた。


「ねぇ、ヒデ君」と啓子に袖を引かれる。啓子は声を潜めて言った。


「お酒は……止めた方が良いよね」


「そうですね。未成年が多いですし」


「だよね」


 啓子は渋い顔で肩をすくめる。


 そんな啓子を見て、英雄は思った。


(この後、二人で飲みに行きましょう! ――って言った方がいいのかな。でも、こういうのって、部下である俺から言っていいものなのか?)


 いまいちその辺のマナー的なところがわからない。


 英雄が考えているうちに、肉が運ばれてきたので、啓子を誘うかどうかは、終わった後に考えることにした。


 ――会は進み、一時間もすると、皆の食べる手が止まり、談笑する時間となった。


 英雄は適当なタイミングでトイレに立ち、そのままいったん店を出て、外の空気を吸った。


 夜気で火照った体を冷ます。


 大人数でご飯を食べるのは、久しぶりのことだった。


 異世界で魔王を倒した時のパーティーが最後だったか。


(皆、元気かな)


 異世界に思いを馳せていると、人の気配がした。目を向けると、菜々子が遠慮がちに立っていた。


「あ、あの、八源さん。ありがとうございます」


「ん。何のこと?」


「今日のダンジョンのことです。あのゴブリン・ウォーリアーとか、実は八源さんが操っていたんですよね?」


「ふーん」と英雄は興味深そうに目を細める。


「どうしてそう思うの?」


「ゴブリン・ウォーリアーの動きが、いつもの八源さんの動きと被っていたので」


「……マジ? それを見抜けるとか、天才じゃん」


「……なーんて、冗談です」


「え、冗談?」


「はい。ただ、八源さんなら、それくらいできるんじゃないかと思って、言ってみたんですけど、その反応を見るに、やっぱり、八源さんが動かしていたんですね」


「うん。まぁ、そうだけど、土井春さんも人が悪いなぁ」


「すみません」と菜々子は冗談っぽく笑った。


「でも、そっか。申し訳ないです。何度もお手数をお掛けしてしまって」


「謝るようなことじゃないよ。俺も土井春さんの助けになりたいと思ってやっていることだし。土井春さんは、どうしてディーバーになりたいんだっけ?」


「え、ああ、それは、自分を変えたいから、ですかね」


「へぇ、そうなんだ」


「変、ですかね?」


「いや、そんなことは無いと思うよ。素敵な理由だと思う。だから、困ったらどんどん相談してよ。土井春さんが自分を変えるために、俺にできることがあるなら、何でも協力したいからさ」


「……何でもしてくれるんですか?」


「俺にできることなら」


「そうですか。でしたら、あの、絵麻たちと同じように接していただけたりしますか?」


「それは構わないけど、どうして?」


「その、絵麻たちみたいなコミュニケーションに、ちょっとした憧れみたいなものがありまして。だから、やってみたいなとずっと思っていまして」


「……そうなんだ。なら、これからは絵麻たちと同じように接するね。土井ちゃん」


「はい! ありがとうございます!」


「土井ちゃんも、俺に対して絵麻たちみたいに接していいよ」


「え、いいんですか?」


「ああ。やってみたいんでしょ?」


「ありがとうござ、ありがとう。ひ、ひでっち」


「ひでっち?」


 菜々子は、かぁぁと顔が赤くなり、慌てて説明する。


「あ、いや、その、学校の子が、先生をあだ名で呼んでて、それで、それもいいなって思ってて。八源さんがこの前、あだ名で呼んでいいみたいなことを言っていたから」


「ああ、そういうこと。いいじゃん、ひでっち。これからは俺のことをひでっちと呼んでよ」


「う、うん!」


 感激した様子の菜々子を見て、英雄は笑みがこぼれる。あだ名呼びで喜んでもらえるなら、お安い御用だった。


「あ、あの、ひでっち!」


「何?」


「その、私にできることがあったら言ってね。私もひでっちの力になりたいし。あ、でも、その、えっちなのは駄目だから」


「わかったよ。なら、一つだけお願いしてもいい?」


「う、うん」


「……一緒に最高のディーバーを目指そうな」


「うん! もちろん!」


 そのとき、絵麻と一花がやってきて、二人を訝しそうに眺める。


「何をしているの?」と絵麻。


「土井ちゃんとちょっとお喋りしていただけ。ねぇ、土井ちゃん?」


「う、うん」


「ふーん」と一花が目を細める。


「その割には、ずいぶん打ち解けたようで」


「まぁな。お互いにあだ名で呼び合うくらいには、仲良くなったよ」


「あだ名?」


 一花に視線で回答を求められ、菜々子は恥ずかしそうに答える。


「その、ひでっちって呼ぶことにしたの」


「へぇ。ひでっちか。なら、あたしもひでっちって呼ぶ」


「わ、私も! 感謝しなさいよね。ひ、ひでっち」


「ありがとう。というか、二人はどうしたの?」


「いや、二人で消えたからさ、抜け出してどこかに行ったんじゃないかって、心配したんだよ。絵麻が」


「してないわよ。ただ、まぁ、二人に聞きたいことはあって、これからカラオケに行こうと思うんだけど、どうかな?」


「カラオケ? あんまり遅くなると、親御さんが心配するんじゃ」


「うん。だから、一時間だけ!」


「まぁ、俺は良いけど」


 英雄が目配せすると、菜々子は頷く。


「私もいいよ」


「よし!」


「啓子さんには言ったの?」


「一応。そしたら、土井ちゃんたちにも聞きなさいって」


「そっか。じゃあ、待たせるのも悪いし、行きますか」


「うん!」


「行こう、土井ちゃん!」


 絵麻と一花に手を引かれ、嬉しそうに頷く菜々子の横顔を、英雄は感慨深そうに眺めた。

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