第81話 少女、頑張る
ゴブリン・ウォーリアーを倒したことで、菜々子の中で何かが吹っ切れた。
ゴブリン・ウォーリアーを倒した時に、絵麻、一花、翔琉から貰った言葉が、菜々子を突き動かし、それまでのうっ憤を晴らすかのようにモンスターを倒していく。
体が軽かった。そして、気持ちも。
今の菜々子には、モンスターを倒した時、自分のことのように喜んでくれる仲間がいる。
そして菜々子もまた、その仲間たちがモンスターを倒した時、心の底から喜ぶことができた。
もしかしたら、絵麻たちも陰で自分の悪口を言っているかもしれない――。
そんな風に考えてしまう自分がいる。
しかしそんな考えも、自分の隣で一緒に戦う姿を見ていたら、どうでも良くなった。
少なくとも、自分の前では最高の仲間であろうとしてくれている。
だから、そんな仲間たちのためにも、自分も最高であろうと思った。
――そして四人は、最深部へ到達した。トンネルを抜ければ、ボス部屋である。
「ちょっと待って。もしかしたらボスがいるかもしれないよ」
一花の言葉で、全員の足が止まった。
「確かにいるかも」と絵麻。
「どうなんだろう?」と翔琉は懐疑的だった。
「今までの傾向的に、すぐに復活するとは思えないけど、でも、そうだね。いた場合の作戦は考えた方がいいかもしれないね」
「前回と同じ方法でやる?」
「あたしもそれがいいと思う」
「僕も賛成。実績があるし。それじゃあ、メインアタッカーは土井ちゃんにやってもらうのはどうかな?」
「え、私?」と菜々子が戸惑う。
「でも、前回、私は参加してないよ?」
「安心して。僕たちがちゃんとフォローするよ」
「そうね。私はサブアタッカーでサポートするわ」
それでも不安そうにしている菜々子の肩を一花がぽんと叩いた。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、土井ちゃん。土井ちゃんならできるって。それに、あたしたちにはマネージャーがいるじゃん。マネージャーが、何かあっても、きっと助けてくれるよ」
「八源さんが……」
菜々子は英雄を一瞥する。英雄は何も言わず、背中を押すように頷いた。
「確かに。前にボスと戦った時、一花はやらかして怒られてたもんね」
「こらー。今はその話、無し」
「ふふっ、そうなんだ」
「どうする? 土井ちゃん」
翔琉の問いかけで、皆の視線が菜々子に集まる。
菜々子は三人を見返し、皆が自分に期待していることを実感した。
(懐かしいな。この感覚)
菜々子は思い出す。
中三の夏。最後の大会。九回裏のサヨナラの場面で、菜々子に打席が回ってきた。足首を負傷してしまい、走れる状態ではなかったのだが、皆が菜々子の一発に期待した。だから、その期待に応えるため、打席に立ち、白球を――青空に向かって飛ばした。
あのときも緊張はしていた。しかし、悪い気はしない。むしろ、皆の期待に応えたい気持ちが力になった。
菜々子は拳を握って答えた。
「うん。やる!」
「よし! じゃあ、円陣を組みますか!」
絵麻の提案で四人は円陣を組み、気合を入れると、トンネルに向かって進みだした。
そして、トンネルを抜けた先のボス部屋には、ゴブリン・バーサーカーがいて、にやりと笑った――。
☆☆☆
普段着の黒のジャージに着替え、菜々子はほっと胸を撫でおろす。
今日の撮影、というか、ダンジョン探索はいつにもましてヘビーなものだったが、探索後の爽快感は、今まで一番かもしれない。
菜々子はレンタルしていた装備品を返すため、防具を手に持ち、壁に立てかけていた棒を握る。
右手から伝わる感触で、菜々子は思わず笑みがこぼれる。
ゴブリン・バーサーカーに止めを刺した感覚が、数時間経った今でも、その右手の中にあった。
菜々子が更衣室を出ようとしたところで、葛子とばったり出会う。
「あっ」
菜々子は、一瞬、腰が引けそうになるも、ぐっと堪える。
(そういえば、ダンジョンで見かけなかったような……)
菜々子は、葛子の右手に包帯が巻かれていることに気づく。
すると葛子は、バツが悪そうにその手を隠した。
「これは、使えない仲間のせいで」
「ふーん。そうなんだ」
嫌味の一つでも言ってやろうかと思った。
しかし、袖を掴まれた感覚で、菜々子の意識はそちらに向かう。絵麻が不思議そうに自分を見ていた。
「どうかしたの?」
「あ、いや、何でもない」
「早く返して、マネージャーのところへ行こうよ」と一花にも声を掛けられる。
「うん。そうだね」
菜々子の表情が柔らかくなる。今の菜々子には、大事な仲間がいた。
「じゃあね、葛子ちゃん」
菜々子は葛子に微笑みかけると、絵麻や一花とともに歩き出した。
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