第80話 白衣の勇者、与える
――地下2階。
ここから危険度はCとなり、絵麻たちにとってはすでに経験済みの領域となるが、菜々子にとっては未知の領域となる。
英雄は、この場所で菜々子の不調を脱却するための作戦を実行する。
作戦――と言っても、そこまで大掛かりなことをするつもりはなかった。
ただ、ちょっとしたきっかけを与えるつもり。
そして、そのきっかけが前方から歩いてくる。
危険度Cのゴブリン・ウォーリアーが一体。それは、英雄が生み出した虚構体だった。ゆえに、英雄が意のままに操ることができる。
英雄は四人に指示を出した。
「あいつは、土井春さんと絵麻で対応しようか。二人の接近戦で倒してみよう。一花と翔琉は、後ろから援護する形で」
四人が頷いたのを見て、英雄はゴブリン・ウォーリアーを動かす。
駆け出したゴブリン・ウォーリアーと対峙するため、菜々子と絵麻も掛け出す。絵麻の手に持った魔法剣が電気を帯び、絵麻の一振りで【サンダー】を放つ。
足止めするには十分な威力の雷がゴブリン・ウォーリアーを襲う――が、ゴブリン・ウォーリアーはそれを跳んで避けた。
「なっ!?」と驚く絵麻。それもそのはず。そんな動きのできるゴブリン・ウォーリアーに遭遇したことは無いから。
「絵麻、いったん下がって! 土井春さん! カバー!」
英雄が大声で命じ、菜々子が絵麻の前に進んで、絵麻が下がろうとした。
その際、英雄は【念力】で絵麻の足をひっかけ、わざと尻餅をつくように転ばせる。
「絵麻っ!」と動きが止まりそうになる菜々子。
英雄はその隙を見逃さず、ゴブリン・ウォーリアーを操り、菜々子に向かって棍棒を投げさせる。
「前!」と英雄。
菜々子は自分に向かってくる棍棒に気づき、かがんで避けた。
その隙に、転んだ絵麻に、ゴブリン・ウォーリアーを突撃させる。ゴブリン・ウォーリアーが自分の横を過ぎようとしていることに気づき、菜々子は棒を突き出そうとした。が、その攻撃がワンテンポ遅れている。
(――でも、問題ないね)
そのゴブリン・ウォーリアーを操っているのは英雄だから、ゴブリン・ウォーリアーの動きを緩慢にすることで、菜々子の動きに合わせる。
ゆえに、菜々子の攻撃が間に合った。ゴブリン・ウォーリアーの脇に棒先がめり込み、菜々子はそのまま壁に押し付ける。
「があぁっ」とゴブリン・ウォーリアーが悶えた。
菜々子は追撃の手を止めず、【ストーン】で棒先を固めると、ハンマーと化した棒でゴブリン・ウォーリアーの後頭部を殴る。ゴブリン・ウォーリアーが、頭を押さえて前のめりに倒れそうになるも、菜々子はそれを許さず、棒を振り上げて、胸を強打した。
「ぐぅおおぉ」とゴブリン・ウォーリアーの体が反れて、ボディががら空きになる。
「絵麻!」と英雄。
「わかっている!」
体勢を立て直した絵麻が、電気を帯びた剣をがら空きの胸に突き刺し、ゴブリン・ウォーリアーは大人しくなった。
絵麻が剣を引き抜くと、ゴブリン・ウォーリアーが膝から崩れ落ち、そのまま光の泡になって消えた。
静寂。その静寂を破るように、英雄は拍手する。
「土井春さん。ナイス」
「え、私ですか?」
「うん。土井春さんがあそこで反応してなかったら、絵麻が大怪我を追っていたかもしれん」
「いや、でも、私なんか」
「そんなことないよ、土井ちゃん!」と言って、絵麻が菜々子の手を握り、微笑みかけた。
「ありがとう! あそこで土井ちゃんが動いてくれなかったから、ヤバかったかも!」
「え、いや」
「ほんとだよ。すごいね、土井ちゃん」と翔琉が歩み寄り、一花がその隣で笑う。
「ゴブリン・ウォーリアーと戦うの、今日が初めてでしょ? なのに、あの動きは流石だね。僕なんて、最初は怖くて何もできなかったよ」
「うんうん。あたしも。いやぁ、やっぱり土井ちゃんは頼りになるわ~」
「……そうかな? わ、私、皆の役に立ててる?」
「当たり前でしょ!」
「土井ちゃんがいなかったら、成り立たないよ、このグループ」
「だね。頼りにしているよ、土井ちゃん!」
三人から温かい目で見られ、菜々子の目尻に光るものが。
菜々子は、「ありがとう、皆」と言って、その光るものを拭う。
絵麻と一花、翔琉は互いに顔を見合い、安心したように顔をほころばせた。
「いやぁ、でも、本当に土井ちゃんがいて良かったね。さっきだって、土井ちゃんがいなかったら、絵麻の胸がもっとぺっしゃんこになってたんだから」
「ああ、ひどい。私よりもぺっしゃんこのくせに!」
「そうだね。絵麻、もっとぺっしゃんこになってた」
「むぅ、土井ちゃんだって私よりぺっしゃんこじゃん!」
「……あの、僕の前でそういう話題は止めてもらってもいい?」
楽しそうに談笑する四人を見て、英雄は安どする。
やはり、きっかけを作るだけで十分だった。昔の仲間はどうか知らないが、今は彼女のことを思ってくれる仲間たちがいる。だから、彼女たちに任せれば何とかなると思った。
「青春ね……」
啓子が目じりをハンカチで拭っているので、苦笑する。気持ちはわかるが、感動するのはまだ早い。
(これではまだ足りない気がするんだよな)
これで菜々子は、自分が今までとは違う環境にいることを認識してくれたと思う。あとは、ここでやっていけるだけの自信を持ってもらいたい。実際、菜々子にはそれだの実力があると思っているし。
(それじゃあ、最下層にあれを用意しておきますか)
英雄の目がきらりと光る。
*後日、流れを全体的に修正するかもしれません
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