第79話 白衣の勇者、気づく

「土井ちゃん。そろそろ、撮影を始めようと思うんだけど、大丈夫?」


 啓子の言葉に、菜々子が頷く。


「はい。お願いします」


「うん。じゃあ、撮影を始めるね」


 啓子がドローンを起動させ、撮影を開始する。


 英雄は少し離れた所から、挨拶や企画の説明をしている四人の様子を眺め、あることに気づく。


 菜々子の調子が悪そうに見えた。何となく、上の空と言うか、集中できていないように感じる。


(あれ? おかしいな)


 英雄は視診する。


 ・レベル : 14 (15)

 ・体力  : 1110/1112

 ・魔力  : 120/120

 ・物理  : 201 (231)

 ・魔法  : 133 (143)

 * ()は装備を加味した値


 ステータス的には、不審な点が見られない。


(となると……)


 経験上、メンタルにトラブルが生じた可能性がある。


 英雄は申し訳なさそうに首の裏をさする。撮影前に気づきたかった。言い訳になってしまうが、菜々子が撮影開始直前に来たので、気づくのが遅れてしまった。


 啓子が隣にやってきて、心配そうに見ている。啓子も異変に気付いているようだ。なので、聞いてみる。


「あの、啓子さん」


「土井ちゃんのことでしょ?」


「あ、はい。そうです。何か心当たりが?」


「……実は、偶然、前のグループの子と会ったみたいで、そこでもしかしたら、何かあったのかも」


「前のグループ」


 英雄が視線で説明を求めると、啓子は言う。


「土井ちゃんが前に違うグループにいたことは知っているよね?」


「はい」


「私の担当じゃなかったから、また聞きになっちゃうんだけど、どうやら、そこでいじめに遭っていたみたいなんだよね」


「いじめ、ですか」


「いじめと言ったら、ちょっと大げさかもしれないけれど、あのぐらいの年代の子には、よくあることよ。一人をターゲットにして、その子の悪口で盛り上がる的な。土井ちゃんがそのターゲットになっていたみたい」


「みたい、というのは、確証がないってことですか?」


「うん。当時の担当は、他のグループの子から噂みたいな形でその話を聞いたらしく、それでそれとなく土井ちゃんや他のメンバーに探りをいれてみたんだけど、全員否定したから、それ以上は突っ込めなかったそうよ。だから、確証はない」


「なるほど。で、そのグループはどうなったんですか?」


「リーダーの子が他の事務所に移籍したことがきっかけで解散したわ。その移籍に関しても、いろいろと揉めたらしいけど。それで、そのリーダーだった子が、今日、偶然、このダンジョンに収録? に来ているみたいだから、更衣室とかで鉢合わせて、また何か言われたんだと思う。ごめんね、憶測ばかりになっちゃって」


「いえいえ、ありがとうございます。何となく、事情は分かりました」


 英雄は菜々子が不調な理由について理解した。が、同時に難しさを覚える。傷ついたメンタルをどうにかできるような人間ではないからだ。メンタリストは英雄の本分ではない。


(とはいえ、この仕事をしている以上、そんなことも言えんだろ)


 どうしたものか。とりあえず、ダンジョン内の気配を探り、他の人と鉢合わせないようにはしようと思う。あと、自分ができることはないか考える――。


 それからも収録は続けたが、やはり、菜々子の本調子とは言い難い様相に、英雄は戸惑った。とくに、攻撃のテンポが少し遅れているのが気になる。あれでは、怪我しかねない。


 啓子も心配した様子で、英雄に提案した。


「中止にしようかしら?」


「……もう少し、様子を見ましょう。もし、ここで中止にしたら、土井春さんが、それを重荷に感じてしまうかもしれません」


 それは英雄の勘であったが、ここまで菜々子と接してみて、責任感が強いように感じたから、あながち間違いではないと思う。


「そうね」


 とはいえ、様子を見るのにも限度がある。何とか、彼女を立ち直らせるきっかけを作りたいところだが……。


 そして、地下2階へ降りる手前で休憩をとった。


 啓子が菜々子に話しかけ、翔琉とともに談笑する。


 英雄が離れた所で思案していると、不穏な空気をまとった絵麻と一花がやってきて、英雄に詰め寄る。


「ねぇ、あんた、土井ちゃんに何かしたでしょ」


「そうだよ。土井ちゃんの様子がおかしい」


「何もしてないわ。ってか、土井春さんの不調、二人も気づいていたんだ」


「当たり前でしょ!」


「あたしたちを何だと思っているのさ! 多分、翔琉君も気づいているよ」


 英雄は翔琉を一瞥する。気を遣っているような素振りは見せていないが、それもまた翔琉なりの気遣いなのだろう。翔琉なら、それくらいのことを簡単にやってのけると思う。


「……めちゃくちゃ良い人じゃん。君たち」


 英雄は素直に感心する。世の中が、絵麻たちのような人間ばかりなら、世界も平和になるだろう。


「それより、何をしたの?」


「だから、俺は何もしてないって」


「じゃあ、何で?」


「それはまぁ、いろいろあるんだよ。でもまぁ、絵麻たちの気持ちはわかったし、俺も絵麻たちとは同じ気持ちだ。つまり、俺も土井春さんを元気にしたいと思う。だから、少し俺に任せてくれないか?」


 英雄は菜々子を一瞥する。昔のことはわからないけれど、今の菜々子には、菜々子のことを思ってくれる素敵な仲間たちがいる。


 そんな仲間たちのためにも、ある策を打つことにした。

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