第77話 少女、調子を上げる

 ――山八帰りの電車内。


 菜々子は絵麻と一花と電車に乗り、二人と談笑していた。


 テントに入ったときの二人に対する緊張感のようなものはなく、落ち着いた気持ちで二人に接することができている。


 絵麻たちとふざけ合ったことで、何となく打ち解けることができた。


「あいつのマッサージ、やばかったでしょ」と絵麻が声を潜める。


「う、うん」と菜々子は頬を染めて頷く。


 菜々子が想像していた以上に良かった。しかも、疲労回復効果も十分で、朝よりも元気な可能性すらある。


「でも、やっぱりあの記事通りのことをやって欲しいよね」と一花。


 菜々子は頷く。このマッサージを全身でやったら、どれほどのものか、興味はある。


「だね」と絵麻も同意する。


「全身は、危険度Aのダンジョンに挑戦できるようになったら、やってくれるんだって。だから、土井ちゃんも頑張ろう!」


「うん」


 菜々子は頷き、懐かしい気持ちになる。目的こそ不純だが、一つの目標に向かって、頑張るのは中学の部活以来のことだ。


(前のグループは、そんな感じじゃなかったし……)


 前のグループのことを思い出して、顔に陰りができる。


「土井ちゃん? どうかしたの?」


「……ううん。何でもない」


 絵麻に心配され、菜々子は笑って誤魔化す。絵麻たちと楽しくやれていれているのだから、今は絵麻たちと少しでも長く活動できるように頑張ろうと思った。


 それから菜々子は、休んでいたブランクを埋めるべく、平日は筋トレや模擬戦に励んだ。すぐに結果が見えないのはもどかしいが、うまくいっていることを信じて取り組む。


 魔法に関しては、できる時間が限られているものの、英雄の指導もあって、上達していることを実感できた。


「だんだん、良くなっていますね。この調子でいきましょう!」


「はい!」


 そして、充実感を覚えたまま、一週間という時間はあっという間に過ぎ、菜々子の復帰日となる土曜になった。


 菜々子は、起きてから自身の体調を確認する。


「問題は……ない!」


 腹部の痛みはすっかり無くなり、平日もトレーニング後にしっかりケアをしているおかげか、そこまで疲労感はない。とにかくやる気に満ちていて、早く収録したかった。


 だから菜々子は、いつも以上に早く家を出て、『ゴブリンの巣窟』へ向かった。


 装備品をレンタルして、更衣室へ移動する。


 更衣室に絵麻たちの姿はなく、他の冒険者の姿も無かった。


(今日は私が一番なのかな)


 何だかちょっと得した気分。菜々子は鼻歌交じりに着替えていく。


 そして、防具の装着が終わった頃、更衣室の扉が開いて、人が入ってくる気配があった。


(……時間的に、啓子さんかな?)


 菜々子は、入ってきた人物を見て、固まる。


 相手は、菜々子を見て、驚いたように目を見開くも、すぐに不敵な笑みを浮かべて言った。


「あ、もしかして、土井ちゃん?」


「……う、うん」


「久しぶりじゃん」


「そうだね」


 菜々子は、気まずそうに目を逸らす。


 目の前にいる金髪の女の名は、向島葛子むこうじまかつこ


 菜々子が前に所属したグループのリーダーであり、菜々子が、この世界でもっとも苦手とする人物だった。

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