第76話 少女、戸惑う

 絵麻や一花が『スライム・ジェル』を作っているのを見て、菜々子も興味が出てきた。


 それとなく二人のそばに近づくと、英雄に言われる。


「土井春さんもやってみますか?」


「あ、はい」


「良かったです。実はこれができるようになると、土井春さんにとってもプラスになるんじゃないかなとは思っていたんですけど」


「……どうしてですか?」


「水の魔素を生成することになるので、結石の予防になるんじゃないかと思いまして」


 菜々子は頷く。言われてみたら、水の魔素に関する意識があまりできていなかった。


「それじゃあ、まずは水の魔素というか、水の魔力を『スライムの体液』に流してもらってもいいですか?」


「……はい」


 正直、水の魔力に自信が無かったのだが、思い切って、水の魔力を流してみる。


 すると、『スライムの体液』がブクブクと沸騰し、破裂した。


「うわっ」


 飛び散ったスライムの体液が菜々子の顔に掛かる。


「土井ちゃん!」


「大丈夫?」


 絵麻と一花が慌てて駆け寄り、菜々子の姿を見て、息を呑む。


 菜々子は絵麻たちの様子に気づき、首をひねる。


「大丈夫だけど……どうしたの?」


「いや、なんか」


「えっちだなと思って」


「えっ」


 言われて菜々子は気づく。白濁色に変化したドロドロの液体が掛かっていた。


「え、え、え、何で?」


「タンパク質が変性したんですよ」


「タンパク質が変性?」


 英雄は菜々子にタオルを渡し、菜々子は「ありがとうございます」と言って、受け取る。


「はい。卵白に火を通すと、白くなるじゃないですか? あれと一緒で、今回は火の魔素が多すぎたせいで、スライムの体液が熱を帯び、その熱で体液中のタンパク質が変性し、白っぽい色になったんです。また、爆発もその熱が原因ですね」


「そう、だったんですか」


 菜々子は肩を落とす。本当は水の魔力を流すべきなのに、異なる魔力を流してしまった。その失態を恥じる。


「そんなに落ち込むことないです。徐々にできるようになりましょう」


「はい」


「それじゃあ、まずは水の魔素が生成できるようになるところから教えます――」


 それから英雄に水の魔素の生成の仕方を教えてもらい、菜々子は黙々と練習する。


 水の魔素生成に集中していると、不意に甘い声が聞こえてきた。


「あっ♡ 今日もヤバい♡」


 見ると、絵麻がベッドに座って、英雄のマッサージを受けているところだった。見てはいけないところを見てしまい、菜々子は慌てて目を逸らす。そして、水の魔素生成に集中しようとするも、集中できない。


 そして、真横で自分をじっと見ている一花に気づく。


「わっ、ビックリした」


「ねぇ、土井ちゃん。絵麻にいたずらしたくない?」


「いたずら?」


「うん」


 菜々子は絵麻を一瞥する。ちょっといたずらしてみたい気はする。


「え、でも、いいのかな」


「大丈夫だよ。絵麻も喜ぶやつだし」


 一花がそう言うなら、実際に絵麻が喜ぶものなのだろう。絵麻たちとの仲を深めたいとは思っているから、喜んでもらえるならやってみたい気持ちはあるが……。


「あ、ごめん」と一花が苦笑する。


「やっぱり、こういうの嫌いだった?」


 一花に気を遣わせている。そんな風に感じた菜々子は、慌てて首を振る。


「べつに嫌いじゃないよ。ただ、私がやったら、絵麻が嫌がるんじゃないかなって」


「ノープログレム。絵麻も土井ちゃんと仲良くなれて、嬉しいと思うよ。それに、安心して。絵麻に怒られても、あたしのせいにしていいから。じゃあ、いたずらの内容なんだけど――」


 一花から指示を受けた菜々子は、頬を赤らめて遠慮がちに絵麻に歩み寄る。


「んっ♡ どうしたの?」


 絵麻が顔をとろけさせながらも、菜々子に気づく。


「うんうん。何でもない」


 菜々子は笑って誤魔化すと、靴を脱いで、後ろに座った。


「え、何?」


「ごめん。絵麻」


 そう言って、菜々子は服の中に手を突っ込み、絵麻の体がビクッと震えた。


「ちょちょちょ、土井ちゃん? それは、まずい♡」


 絵麻の真っ赤な顔を見ていたら、菜々子もちょっと楽しくなってきた。だから、いたずらな笑みを浮かべ、絵麻の耳元で囁く。


「私にこうされてもいいんでしょ?」


「ん♡ そう言ったけど、でも、今じゃない♡」


「ふーん」


 しかし、菜々子は手を止めない。


「い、一花ぁ♡ 止めてよぉ」


「わかった」


 一花も絵麻の後ろに座って、服の中に手を突っ込む。


「ちょっと、止めなさいよ♡」


「だから、土井ちゃんの手を止めようと」


「ん♡ そこ違う♡」


 絵麻たちがいちゃつく中、英雄は無心でマッサージを続けた――。

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