第75話 少女、深め合う

「いや~。自分からマッサージを提案するなんて、わかってるじゃん」


「私たちに触りたいんじゃないの?」


「なるほど。絵麻の期待に応えたわけか」


「そんな期待してない!」


 楽しそうに談笑する二人の隣で、菜々子は黙々と着替える。二人が期待するマッサージとはどんなものなのか想像してみた。


 三人が着替え終えたところで、啓子がやってきて、三人の前にテントの鍵を突き出した。


「はい。これ、ヒデ君から。先に翔琉のマッサージをするそうだから、ここで待っててだって」


 鍵を受け取り、三人は顔を見合わせる。


「どうする?」と一花。


「先に行って、待ってようよ。他にすることないし」と絵麻が答える。


「だね。土井ちゃんはどうする?」


「……私も行く」


「よし、じゃあ、皆で行こう!」


 嬉々と歩き出した一花と絵麻の後を菜々子は遠慮がちについていく。流れで一緒に行くことにしたが、急に緊張してきた。一花たちとはおよそ半年の付き合いになるが、正直、そこまで仲が良くない――と思っているからだ。


 二人とはElements を結成した時に初めて出会ったのだが、二人はすでに仲が良く、いつも一緒にいたので、何となく話しかけづらかった。また、前のグループでの人間関係のことが頭を過り、それで一歩引いた位置から接するようになってしまい、今に至る。


(私が一番上だし、私が盛り上げた方が良いのかな?)


 英雄のマッサージよりも、一花たちのコミュニケーションの方に気を取られ、不安になる。


 テントに到着し、中に入る。


 菜々子は、テントの中に入るのが初めてだったから、興味深そうに室内を観察する。


 絵麻と一花は、カバンをソファーの上に置くと、ベッドの上に寝転がった。


 菜々子は戸惑いながら、ソファーの上にカバンを置き、考える。


(どうしよう……。そうだ。机の上に何かパンフレットみたいなものがある。これを読んでいることにすれば、この場をやり過ごせるんじゃ……)


 そのとき、「土井ちゃん!」と一花から声が掛かる。見ると、一花が上体を起こして、自分の隣を軽く叩いた。


「マネージャーが来るまで、一緒に寝ようよ」


「え、あ、うん」


 誘われたら断ることができない。菜々子は強張った表情でベッドに近づき、二人の間に仰向けで寝た。


「三人だと狭いね」と絵麻。


「まぁね。絵麻がデブってるから」


「あーひどい。一花だって私とあんまり変わらないじゃん。ね、土井ちゃん?」


「う、うん」


 絵麻のじっと見つめてくる視線に気づき、菜々子は気恥ずかしさを覚える。


「どうかしたの?」


「今まであんまり土井ちゃんの顔を近くで見ることなかったからさ。土井ちゃんって、まつげ長いね」


「や、やめてよ。恥ずかしい」


 菜々子が顔を隠そうとするも、絵麻はじっとその横顔を見つめ、その圧に、菜々子の顔は赤みを増す。


「確かに。あたしたち、あんまり土井ちゃんのこと知らないね」と一花。


「せっかくだし、お互いのことをもっと知ろうよ」


「そうだね」


「ちょっと、あたしに背中を向けてくれる?」


 菜々子は不思議に思いながらも一花に背を向ける。絵麻と向かい合うような形になり、自然と照れてしまう。


「それじゃあ、ちょっと失礼して」


 ――瞬間。菜々子の顔が耳まで赤くなる。一花の手が服の下から入ってきたからだ。


「ちょっ、い、一花、そこ、だめん♡」


「あぁ、これはあたしと同じくらいだね」


「へぇ。そうなんだ。可愛いサイズだね」


「え、絵麻ぁ♡ とめてよ」


「んー。やだ」


「な、なんで!?」


「だって、土井ちゃんの顔が可愛いんだもん」


「ふ、ふざけないでよ!」


 菜々子はガバッと起き上がり、顔を真っ赤にして、二人を見下ろす。


 一花と絵麻は顔を見合わせて、申し訳なさそうに苦笑する。


「ごめんね、土井ちゃん」


「そこまで嫌がっているとは思ってなくて」


「……まぁ、べつに嫌じゃないけど」


「え、嫌じゃないの?」


「あ、いや、違うくて。二人も急にやられたら、嫌でしょ」


「いや」と絵麻。


「土井ちゃんなら、べつにいいよ」と一花。


「え、いいの」


「うん。なんなら、やってみる?」


 絵麻と一花が誘うように姿勢を変えたので、菜々子は息を呑む。思えば、今まで絵麻たちのようなスキンシップをとったことが無かったから、多少の憧れはある。


(え、でも、いいの?)


 自分みたいな人間が、絵麻たちに――。


 菜々子は困惑しながらも、花に誘われる蝶が如くその手が伸びていく。


 そして、その手が触れようかとしたその瞬間――ドアをノックする音がして、菜々子の体がビクッと震える。


「入るぞー」


 そして、英雄が現れ、目が合う。


「あ、いや、これは」


「ひゃんっ♡」


 菜々子は自分の右手を見て、固まる。菜々子の右手が一花の胸の上に置いてあった。


「あ、いや、これは違うんです!」


 菜々子は慌てて説明しようとするも、煙が出ちゃうほど顔が熱くなり、うまく言葉が出てこない。


 しかし英雄は、菜々子を訝しむことなく、呆れた調子でため息を吐く。


「あんまり、土井春さんを困らせるんじゃないよ」


「えー。あたしたちは仲を深めようとしただけだよ」


「そうだよ。ねぇ、土井ちゃん?」


「え、あ、うん」


「はいはい。そうですか」


「マネージャーもやる?」


「やるわけないだろ。それより、さっさとやっちゃおう」


「『スライム・ジェル』はあたしが作る!」


「私もやりたい! ちゃんと教えてなさいよね!」


「わかったよ」


 ベッドを下りて、英雄の元へ駆け寄る絵麻と一花を見て、菜々子はモヤモヤしたものを感じた。

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