第74話 白衣の勇者、提案する

 ――木曜日。


 山八にて、英雄は菜々子に言った。


「今日は接近戦もやってもらおうと考えているですけど、大丈夫ですか?」


「はい。大丈夫です」


「わかりました。とりあえず、魔法は使わずに、物理攻撃だけで、モンスターと戦ってみてください」


「はい」


  英雄は平日のトレーニングで、菜々子、絵麻とは近接戦を意識した模擬戦を行っていた。


 そこでの動きを見るに、接近戦での戦闘能力は菜々子の方が高いと思ったから、実際の戦闘を見て、菜々子の動きを確認したかった。


 そして、菜々子にモンスターと戦ってもらい、確信する。


(やっぱり、接近戦が得意そうだな)


 動きにブランクを感じさせないほどのキレがあり、的確にモンスターへダメージを与え、軽いフットワークでモンスターの攻撃は避ける。


 蝶のように舞い、蜂のように刺す。――まさに、その表現がぴったりな戦いぶりだ。


(これで魔法を組み合わせて攻撃できるようになると、面白くなるんだけど……)


 英雄は困り顔で首の後ろに手を当てる。魔法に関しては、四人の中で、はっきり言うと、一番下手だった。


 もちろん、ブランクがあるから、断定するのはまだ早いが、才能的な部分でも、一番不利な状況にある気がした。


(とはいえ、それをカバーできるほどの機動力はあるし、下手と言っても、異世界基準だと並よりは上になるポテンシャルはあるから、あとは俺の指導と彼女の頑張り次第か)


 責任重大だな。英雄は気を引き締める。


 それからも指導を続け、クールダウンも行い、その日の練習は終わった。


「今日の練習はここまでにしよう」


 英雄が練習終了を告げると、四人の顔に疲労の色がどっと広がった。


 軽めにやったつもりだったが、今日の練習は疲労がたまるものだったらしい。


「それじゃあ、解散……にしたいところなんだけど、足のマッサージでもいいならしてあげるけど、どうする?」


「はい!」


「受けます!」


 絵麻と一花の素早い挙手に、英雄は苦笑する。


「了解。土井春さんと翔琉はどう?」


「マッサージって、『スライム・ジェル』を使ったやつですか?」と翔琉は頬を赤らめる。


「うん。そのつもり」


「……そうですか。お願いします」


「ん。土井春さんは?」


「えっと、お願いします」


 菜々子はドキドキしながら答えた。


「わかりました。んじゃ、皆、やるってことで」


「それじゃあ、着替えたら、テント前に集合で」


 絵麻と一花がダッシュでトンネルに消え、菜々子も慌てた様子で追いかける。


「元気ね。あの子たち」と啓子は呑気な調子である。


「啓子さん。啓子さんもマッサージどうですか?」


「え、いいの?」


「はい。まぁ、今日は元々予定が入っていたのに、わざわざ付き合ってくれたじゃないですか。だから、そのお礼も兼ねて」


「気にしなくていいのに。でも、ありがとう」


「ちょっと絵麻たちと時間をずらしてもいいですか?」


「いいけど、どうして?」


「お礼も兼ねていますので、啓子さんにはフルコースでやりたいと思いまして」


「フルコース。……期待しているわ!」


 啓子が上機嫌でトンネルへと消えていく。


 残ったのは、英雄と翔琉だけだった。


「フルコースって、僕やゆづ姉にやってくれたやつですか?」


「そうだ」


「もしかして、一花ちゃんたちにも、フルコースでマッサージをしてあげたんですか?」


 翔琉の非難めいた視線に、英雄は苦笑する。


「いや、足にしかしてない」


「そうですか。なら、いいですけど。でも、どうして?」


「『スライム・ジェル』の作り方に興味があったみたいだから、その好奇心には応えてあげたいと思ってね。その流れで足だけマッサージしてあげた感じかな」


「……そうでしたか。足のマッサージってどれくらい掛かるんですか?」


「うーん。五分くらいかな」


「でしたら、僕へのマッサージは、更衣室でいいですよ? 更衣室も一応、アイテムの持ち込みはできるみたいですし。ほら、一花ちゃんたちと一緒のテントでは少し恥ずかしいと言いますか」


「わかった。なら、翔琉だけ先にやっちゃおうか」


「はい。わかっていると思いますけど、僕がいないからって、一花ちゃんたちに手を出しちゃ駄目ですよ」


「わかってるよ」


「あと、僕にも『スライム・ジェル』の作り方を教えてください」


「OK。何? やってあげたい女の子でもできたの?」


「違います。兄貴にやってあげるってことになったじゃないですか」


「そういえば、そんな話にもなっていたな」


 そんなことを言いながら、英雄と翔琉もトンネルの中へ消えていった――。


 ――そして、英雄がテントの扉を開けたとき、そこには、いちゃついている三人の女子高生の姿があった。

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