白衣の勇者と悩む少女

第73話 少女、羨ましがる

 ――火曜日。


「お疲れ様です」


 菜々子が事務所の部屋の扉を開けると、ソファーの上でもつれ合っている絵麻と一花の姿があった。


「あ、土井ちゃん」と一花が気づく。


「お疲れ」


 顔の赤い絵麻が、一花の頬を押して言った。


「ほら、他の人が来たじゃん。離れてよ」


「仕方ないな~」


 一花は渋い顔でソファーに座り、絵麻はその隣に座って、乱れた制服を整えた。


「相変わらず、仲が良そうだね」と菜々子は苦笑する。


「何をしていたの?」


「気持ちいいマッサージについて絵麻と勉強していたところ」


「……なんか、怪しい響きに聞こえるね」


「実際、えっ――」


 絵麻が一花の口を押え、一花の言葉はもごもごとこもる。


 菜々子は気になったが、恥ずかしそうな絵麻の顔を見たら、教えてとは言えない。


 菜々子がもどかしく思っていると、その視線に気づいた絵麻が言う。


「あいつに『スライム・ジェル』を使ったマッサージについて教えてもらったから、それでいろいろね」


「へぇ、マネージャーに……。というか、『スライム・ジェル』って、ダンジョンドットコムにアップされていた記事のやつだよね」


「うん! そう!」


 菜々子は『スライム・ジェル』の記事内容を思いだし、ほんのり頬が赤くなった。少しえっちな内容だった気がする。


「やっぱり、八源さんって、そういうのに詳しいんだね」


「ね!」


「マネージャーは変態だから! でも、その腕は確かなんだよなぁ。絵麻もそう思うでしょ?」


「え、うん、まぁ」


 英雄の話で楽しむ二人を見て、菜々子は思う。


(……いいなぁ)


 菜々子はこれまで大人の顔色を伺って生きていたから、友達みたいな感覚で大人と接することができる二人のコミュニケーション能力が羨ましかった。


(私も絵麻たちみたいに、八源さんと接してみたいな)


 『スライム・ジェル』を使ったマッサージはちょっと恥ずかしいけれど……。


「あれ? ってか、いつのまにマッサージなんて受けたの?」


 土曜日の練習では、そんなことをした覚えがない。


「練習の後に、お願いしたらやってくれたんだ」と一花。


「『スライム・ジェル』は魔力の練習にもちょうどいいからね。それで」


「……へぇ、そうなんだ。そういえば、二人は着替えた後、すぐにどこかへ行っていたね」


 菜々子は胸がざわつく。自分の知らないところで、絵麻や一花が魔法の練習をしていた。そのことを責めるつもりはないが、焦りは生まれる。自分は、ただでさえ後れを取っているのに、彼女たちとの差がより広がってしまうのではないか――。


 菜々子の拳を握る手に自然と力が入る。


「お疲れ様です」


 翔琉がやってきて、その数分後に別室で会議をしていたらしい、啓子と英雄もやってくる。


 そして、今後の予定について英雄から説明があった。


「とりあえず平日は、先週言った通り、筋トレなどのトレーニングを行おう。で、土曜日に山八で魔法の練習をやる。そこでの様子を見て、来週の土曜日、撮影を行おうかなと思っている」


「もしかして、土井ちゃんの復帰動画?」と絵麻。


「うん。そのつもり。俺としては、先週の魔法練習で、復帰できそうだと思ったんだけど、土井春さん的にはどうですか?」


 英雄に言われ、菜々子はドキッとする。正直なところ、菜々子はまだ復帰できる自信が無かった。しかし、いつまでも先延ばしするわけにはいかないので、覚悟を決める。


「はい。大丈夫です」


「ありがとうございます。まだ確定ではなく、今週の様子を見てから決めようと思っているので、無理そうなら言ってください」


「はい」


「それじゃあ、今日の打ち合わせはこんなところかな」


「あ、あの、一つ質問があるんですけど、いいですか?」と菜々子。


「何ですか?」


「今週の木曜日って祝日じゃないですか。そこはどうする予定なんですか?」


「あぁ、それなんですけど、一応、会社も休みだし、休みにしようかなとは思っていました」


「そうですか。あの、そこで魔法の練習をしていただくことってできますか?」


「魔法の練習? 俺はいいですよ。ただ、仮免の俺だけじゃダンジョンに行けないので」


 英雄が探るような視線を啓子に向けると、啓子は微笑む。


「ちゃんと私も付きあうわ」


「いいんですか?」


「ええ。可愛い担当の頼みですもの」


「ありがとうございます」と英雄。


「ありがとうございます」と菜々子も頭を下げる。


「あ、じゃあ、私も行きたい!」


「絵麻が行くなら、あたしも行く」


「僕も行きたいですね」


「皆、ありがとう」


 絵麻たちの優しさに菜々子は涙が出そうになった。


「それじゃあ、今週の木曜日は山八に行くということで」


「はい!」


 菜々子のやる気が上がった。

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