ex2 親父、悶絶する
一花の父親である氷室幸四郎は、居間のソファーに座って、一人寂しく晩酌をしていた。
大きなテレビでバラエティー番組を流しているものの、幸四郎はその画面を見ておらず、手元のスマホで適当なニュースを眺めていた。
昔は、テレビをつけているだけで誰かしらがやってきたものだが、今は誰もやってこない。子供たちは自室で好きなように過ごしているし、妻も自室で動画サイトを見ている。
幸四郎はため息を吐く。
そのため息は、テレビの笑い声にかき消された。
「お父さん、ちょっといい?」
そのとき、一花に話しかけられ、内心では驚きつつも、平静を装って答える。
「お、おう。どうした?」
「あのさ。マッサージしてあげる」
「え、一花が?」
「うん」
最近は喋る機会さえ無くなりつつあった娘からの誘いだったから、幸四郎は飛び上がって喜びそうになる。
しかし、父親としての威厳か、はたまた照れ隠しか、幸四郎は努めて冷静な表情で言う。
「なら、やってもらおうかな」
「じゃあ、ソファーに寝て」
「うむ」
幸四郎はソファーに横になる。平静を保っているが、内心はドキドキである。
一花にマッサージをしてもらえる。一花に肩たたきをしてもらったときの記憶が過り、それだけで泣きそうになったが、厳めしい顔で涙を堪えた。
(……この機会に、何か喋った方がいいのだろうか?)
一花の近況については、妻から聞いているからだいたい知っているが、直接本人から聞いた方が乙というもの。
どんなことを話そうか――。一花との話題について考えようとして、幸四郎は一花の手元に気づく。
(ビ、ビニール手袋をつけている!?)
幸四郎はショックで気絶しそうになったが、父親の威厳でグッと堪える。
(落ち着け、幸四郎。あれは、そうだ。例のウイルスが原因に違いない。あれでビニール手袋をつける人も増えたからな。なぁに、一花ならちゃんとやってくれるさ)
幸四郎がブツブツ自分に言い聞かせていると、一花が言った。
「じゃあ、始めるね」
「う、うむ」
右足が持ち上げられる。
そして――足裏から激痛が走った。
(んぬぅ!?!!!??!?)
幸四郎の顔が赤くなる。それは決して、気持ちいいからではない。とにかく痛いからだ。
幸四郎は声が出そうになるも、一花の真剣な表情を見て、奥歯を噛む。
一花が一生懸命やってくれているのだから、そこに水を差すようなことはしたくなかった。
それにしても痛い。一花が積年の恨みを晴らそうとしているのではないか。そんな風に思えてしまうほどの痛み。
(俺は、俺は一花の気に障るようなことをしたのか!?!!?!)
思い当たる節が無い。というか、そんなことを思い返している余裕すらなかった。
それから痛みに耐え続け、ようやく足が軽くなる。
「右足はこんなもん」
「そ、そうか」
「んじゃ、次は左足ね」
幸四郎は息を呑んだ。
――そして、地獄のような時間が終わったとき、幸四郎はギリギリ意識を保っている状態だった。
「どうだった?」
一花に聞かれ、幸四郎は引きつった笑みを浮かべる。
「ああ、良かったんじゃないか」
嘘である。本当はとても痛かった。しかし、愛娘のことを思えば、そんなことを言えるはずがない。
「本当?」
一花が目を細めたので、幸四郎はドキッとする。
一花は昔から妙に鋭いところがあったので、ここで嘘を吐いたら、逆に愛想を尽かされてしまうかもしれない。
だから、幸四郎は告白する。
「……ちょっと痛かった」
「やっぱりこのマッサージ痛いんだ」
「……え? わかってて、やったの?」
「うん」
一花が悪びれもなく頷くので、幸四郎は絶句してしまった。なぜ? という言葉は喉で詰まる。
「うーん。亮二(弟)でも試してみるか」
一花はビニール手袋をゴミ箱へ捨てると、そそくさとリビングから出て行った。
幸四郎は頭を抱える。何か一花を怒らせるようなことをしてしまったに違いない。
(何だ? 何が原因だ? 一花のプリンを食べた? いや、そんなことはないはずだ。もしかして、先週、洗濯物を一緒に洗濯したことがバレた?)
慌てる幸四郎を慰めるように、カランとハイボールの氷が鳴った。
――息子の部屋から絶叫が聞こえてきたのは、それから数分後のことである。
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