第70話 白衣の勇者、考える
――19時。
英雄は絵麻や一花とともに電車に乗っていた。絵麻と一花が座席に座り、英雄はその前の吊革に掴まっている。
絵麻の足をマッサージした後、一花の足もマッサージした。その結果、二人とも、ダンジョン帰りだというのに、疲れなどない様子で溌溂としている。
足しかマッサージしていないが、それでも心身ともにリフレッシュできるのなら、今後は練習終わりにマッサージをしてあげることも考えた方がいいかもしれない。
(でも、一人でやるのは大変なんだよなぁ)
英雄は一花を一瞥する。彼女の成長に期待したところだ。
一花が視線に気づいて、目が合った。
「あ、マネージャーがあたしたちを見て、変なことを考えていた」
「えー。最悪じゃん。えっち」
「他の人がいるところでそれは止めて。いや、これからも練習後に足のマッサージをしてあげた方がいいか考えていたんだよ。ただ、その場合、俺一人じゃ大変だから、一花には頑張って欲しいなって思ったの」
「ふーん。あたしに期待するなんてわかってるじゃん」
ぽんぽんと一花が英雄の膝上を叩く。
「まーた、すぐ調子に乗る」
「私には期待してないの?」
絵麻が不満げに英雄を睨んだ。
「……正直、あのマッサージをやることに関しては、まだまだ練習が必要かな。まずは『スライム・ジェル』を作れるようになろうか」
絵麻は渋い顔になる。一花にマッサージした際、絵麻に教えて欲しいと言われたので、スライム・ジェルの作り方から教えた。しかし、一花よりも水の魔素を作るのが不慣れな絵麻は、うまくスライム・ジェルを作ることができなかった。
「ただ、足の揉み方とかは、絵麻の方がうまいと思ったから、二人がそれぞれの苦手な部分を教え合えば、二人ともすぐに習得できるんじゃないかな」
「でしょ」と絵麻は胸を張る。
「お父さんの肩とかをよく揉んでいたから、得意なんだ!」
「えー。すごっ。あたしなんて頼まれても絶対やらないのに。全部、弟にやらせてたわ」
「やってあげなさいよ」
父親談議で盛り上がる二人を、英雄は微笑ましく眺めた。しかし内心では、『父親』というワードに多少のざわめきを覚える。父親とのほの暗い記憶が頭を過った。
「――マネージャーはどうやって揉み方とか覚えたの?」
一花の言葉で、意識が二人に戻る。
「……そういうのに詳しい人に教えてもらった気がする」
「ふーん」
「ならさ、平日の練習終わりに揉み方を教えてよ。べつに魔法を使うわけじゃないし、それなら事務所でもできるでしょ?」
「だね。絵麻、天才じゃん」
「へへーん」
「……そうだな。考えておくわ」
「やったね!」
「うん!」
嬉しそうに顔を見合わせる二人を見て、自然と笑みがこぼれる。いなくなったやつのことなんて今更どうでもいい。今の時間を大切にしよう。
『――お兄ちゃん』
あとは、ここに妹がいれば最高なのだが、そのためにも頑張ろうと思った。
☆☆☆
新宿駅で二人と別れた後、絵麻は電車を乗り換え、自分のアパートに向かった。
一人になった電車内で、今日の振り返りを行う。
いろいろなことをしたが、一番印象に残っているのは、最後にやってもらったマッサージだった。
(気持ちよかったな……)
思い出しただけで、足から快感がこみあげ、頬が少しだけ赤くなる。
本音を言えば、全身をやってもらいたかったが、勉強という名目でお願いしてみたところ、英雄に言われた。
「もしも、危険度Aのダンジョン探索ができるようになったら、やってあげる。それまでのお楽しみってことで」
目の前にニンジンをぶら下げられたのは癪だが、それでやる気が出てきたのも事実だった。
(頑張る理由がまた一つできたわ)
絵麻はそれを喜ばしいことと捉え、真剣な表情で今日の振り返りを行う――。
☆☆☆
絵麻が電車で振り返りを行っている頃。一花は電車に乗ってぼんやりと外の風景を眺めていた。
『これからも練習後にマッサージをした方がいいか考えていたんだよ。ただ、その場合、俺一人じゃ大変だから、一花には頑張って欲しいなって思ったの』
英雄の言葉を思い出し、ニヤリと笑う。英雄から期待されているのが、素直にうれしい。
最初の頃はその素性を疑っていたが、今では一花の心を許しているランキングでも上位に入るほどの人物だ。
そんな人に褒められて、嬉しくないわけがない。
――しかし、マッサージを受けているときの絵麻の顔を思い出し、ムッとなった。
自分の知らない絵麻の表情を引き出した英雄には、多少の嫉妬心もある。
(あたしの方が絵麻を気持ちよくできるんだから)
めらめらと一花の中で対抗心が燃え上がり、一花はスマホを取り出すと、動画サイトで『マッサージ 気持ちいい やり方』と検索し始めた――。
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