第63話 白衣の勇者、話し合う②

「お兄ちゃんは嫌かな。自分と同じくらいの子に『お兄ちゃん』と呼ばれていたら、リアル妹が勘違いして、悲しんじゃうだろ」


 一花は頷く。


「確かに。ごめん。でも、いいな。あたしもプロモーションの一環で、マネージャーのことをあだ名で呼びたい」


「わ、私も!」と絵麻も手を挙げる。


「土井ちゃんも呼びたいよね?」


「え、あ、うん」


 菜々子は遠慮がちに頷く。


「まぁ、べつに良いけど、お兄ちゃん以外で、かつ良識的なものを頼む」


「注文が多い」と一花。


「少ないだろ」


「でも、いざ、あだ名を決めるとなると難しいな」


「そうだね」と絵麻も眉根を寄せる。


「土井ちゃんは何か案がある?」


「私? そうだな……」


 菜々子は英雄を一瞥し、頬を朱色に染めて言う。


「……スケベ大魔神」


「それだ」と絵麻。


「採用」と一花。


「却下に決まっているだろ」


 英雄は呆れ顔で言う。


「何でよ?」


「そうだよ。マネージャーにぴったりのあだ名じゃん」


「俺はスケベじゃないし、スケベ大魔神があだ名って、どんなプロモーションだよ」


「仕方ないなぁ」と一花は肩をすくめる。


「なら、スケベ丸でどう?」


「シンプルに助平でいいんじゃない?」と絵麻は笑顔で語る。


「駄目に決まってるだろ。スケベから離れろ。むしろ、スケベは絵麻と一花にふさわしい言葉だろ」


「そ、そんなことないもん!」と絵麻は顔を赤くする。


「そうだよ。あたしたちは、はれ――」


 一花が全てを言う前に、絵麻は一花の口を押えた。もごもごと一花の言葉がこもる。


「まぁ、八源さんのあだ名はまた今度で良いんじゃない?」


 菜々子の提案に、絵麻が頷く。


「そうね。感謝しなさいよね。ちゃんとあんたにぴったりのあだ名を考えてあげるんだから!」


「楽しみに待ってるよ」


 英雄は呆れながら答えるも、これまであだ名で呼ばれたことなんてほとんど無かったから、誰かにあだ名で呼ばれること自体は喜ばしく思う。啓子の『ヒデ君』呼びも、啓子に認められた気がして嬉しいし。


「ヒデさんとかじゃ駄目なの?」


 その啓子から三人へ提案があった。


「うーん。駄目じゃないけど」と絵麻。


「せっかくだし、面白いあだ名を考えたいよね」と一花。


「そうなんだ。あ、あのさ――」と啓子は何かを言おうとしたが、五人の視線が集まると、思い直したように苦笑を浮かべる。


「ごめん。何でもない」


「そういえば、啓子さんにはあだ名とかないの?」


 英雄の質問に、絵麻たちは顔を見合わせる。とくに無いようだ。


「まぁ、よくわからないけど、啓子さんにもあだ名とか作ってあげたら?」


「え、私はいいよ、べつに」


 啓子は断るも、どこか満更でも無さそうな顔で言った。


「そうね」


「あたしたちが、啓子さんのあだ名も考えてあげるよ!」


「……ありがとう」


 啓子は微笑む。絵麻たちにあだ名で呼ばれることへの拒否感みたいなものはないようだ。


(俺も考えてみようかな……)


 と言っても、関係上、あだ名で呼ぶ機会はあまりないかもしれないが。


「それで、今って何の話をしていたんだっけ?」と啓子は首を捻り、「ああ、そうだ」と思い出す。


「今後のプロデュースについてはこんなところかな。今のうちに、皆で話し合っておきたいこととかある?」


 四人が目配せし、菜々子が代表して答える。


「今のところは大丈夫です」


「そっか。それじゃあ、今週の土曜日、早速ダンジョンで魔法の練習をしたいと思うから、山八に直接集合ね」


 山八は、英雄が翔琉と優月とともにスライム・ジェルを集めた、八王子にある山野型のダンジョンである。外の開放的な雰囲気があるし、危険度がなだらかなグラデーションになっているから、レベルアップを把握するのにちょうど良い場所だった。


「あと」と英雄が啓子の言葉を引き継ぐ。


「明日、早速、軽いトレーニングをしたいと思うから、そのつもりで準備をよろしく」


 英雄の言葉に対し、苦々しい表情を返したのは、一花だけだった。

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