第61話 白衣の勇者、困惑する

 ――火曜日。菜々子の治療を行った翌日の話である。


「それで、昨日の件について話す気になった?」


 英雄は絵麻と一花に両腕を拘束された状態で、ソファーに座っていた。


「昨日の件?」


 英雄がとぼけると、絵麻が頬を膨らませる。


「土井ちゃんへの治療についてだよ」


「それなら昨日も言った以上のことは無いよ」


「本当?」と一花。「土井ちゃんの気持ちよさそうな顔は、マネージャーが言っていた以上のことがあったようにしか思えないんだけど」


「と言われましても。治療の感じ方は、人それぞれだから、そういうのは土井ちゃんに聞いて。というか、何でそんなに知りたいの?」


「そ、そりゃあ、だって」


 絵麻は、頬を染めてもじもじするが、一花は真剣な顔で返す。


「後学のためだよ。もしかしたら、あたしたちが治療しなきゃいけないときがくるかもしれないでしょ」


「そ、そうよ!」


「なるほどね。確かにそれは一理あるかも。次からは考えるわ」


「うん。よろしくね。あたしたちも、またあの恰好で雰囲気を作ってあげるからさ」


「それはいい」


「えー何で。マネージャーだって、悪い気はしなかったでしょ?」


「……まぁ、悪い気はしなかった。でも、気が散ると言うか」


「あ、そうか。あたしたちが可愛すぎてそれどころじゃなくなるんだね」


「えー最低。目の前の患者に集中しろって感じ」


「……OK。なら、やはり一人でやった方が良いな」


「ああ、ごめん、ごめん。冗談だから、真に受けないでよ」


「そうだよ、マネージャー。大人げないなぁ」


「何で俺が悪いみたいになっているの?」


 そのとき、部屋の扉が開いて、「お疲れ様です」と入ってきたのは、菜々子だった。


「土井ちゃん!」


「お疲れ!」


 絵麻と一花が弾けるような笑みで菜々子を迎える。


「体調はどうですか?」


 菜々子は英雄の対面に立って、少し頬を赤らめながら、「はい。好調です」と答える。


「八源さんのおかげで、腹の痛みもすっかり無くなりました。明日、病院へ行く予定になっていたので、そこで先生に診てもらって、とくに問題なさそうだったら、復帰したいと思います」


「なら、良かったです」


 昨日、治療した後の体調確認ではとくに問題なく、一応、チャットツールを使い、昨日の夜と今日の朝も確認したが、実際に対面し、問題なさそうなので、安どする。病院でもちゃんと検査を受けるようだし、彼女は万全の状態で復帰できそうだ。


「それにしても、今日はジャージを履いていないんだね」


 一花の指摘で、「あ、うん」と菜々子は恥じらいながらスカートの端を押さえる。上はジャージを着ていたが、下にジャージは履いていなかった。「今日は何となく」


「いつもそうしていたらいいのに」


「私だって、夏は履いてないよ」


「あれ? そうだっけ? なんか、ずっと履いているイメージだった」


「でも、それじゃあ、走れないんじゃないの?」と絵麻。


「あ、それなら大丈夫。スパッツ履いているし。ほら」


 菜々子は、恥ずかしそうにスカートをめくる。


 ――そして、三人の表情が強張った。一花が申し訳なさそうに言う。


「……土井ちゃん、今日はピンクなんだね」


 菜々子は、かぁと顔が赤くなって、慌ててしゃがみこんだ。潤んだ瞳で英雄を睨みつける。


「……えっち」


「土井春さんが見せてきたんじゃないですか……」


「大丈夫だよ、土井ちゃん!」と言って、一花が立ち上がる。「あたしも見せるから!」


「そ、そうだよ、わわ、私も見せる!」と絵麻が顔を赤くして立ち上がる。


「はぁ」と英雄はため息を吐く。賑やかなのは良いことだが、もう少し年相応の落ち着きは欲しいところだ。


「ほら、見て、マネージャー!」


「し、仕方ないから私も見せてあげる!」


「見ません」と言って、英雄は目を瞑る。「っていうか、何で自分から見せてくるんだよ、やっぱり二人ともドスケベだな」


「わ、私はドスケベじゃないもん!」


「そうだよ。破廉恥なんだよ」


「破廉恥でもない!」


 楽し気な三人の様子を見て、菜々子から自然と笑みがこぼれる。


「ごめんなさい。今のは冗談です」


「え? 冗談?」


「はい。ちょっと皆をからかってみたくて」


「そ、そうなんだ~。もう、ビックリしたよ~土井ちゃん」


「冗談にしては、体を張りすぎなような……」


 困惑する英雄に対し、「まぁ、いいじゃないですか」と菜々子は微笑む。「八源さんも嬉しかったでしょ?」


「嬉しくないですけど……」


 ニコニコ笑う菜々子を見て、英雄は変わった子だなと思った。

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