第60話 グループリーダー、揺れる
英雄が自分の魔力を動かすと言った直後、腹部辺りに感じていた温もりが徐々に動き出すのを感じ、菜々子は背筋が伸びる。
「土井ちゃん?」
翔琉に心配され、菜々子は「何でもない」と答える。
しかし、精神的な余裕は無くなりつつあった。英雄の魔力は、菜々子の魔導管を押し広げながら進んでいく。自分の中を蠢くような感覚に、最初は嫌悪感を覚えるも、徐々にその気持ち悪さが気持ちよくなりつつあった。
菜々子は顔が熱くなり、表情が緩みそうになる。が、翔琉の視線に気づいて、慌てて平静を取り繕う。
(だ、駄目だよ。菜々子。我慢しなきゃ)
絵麻たちを一瞥する。これさえ耐えれば、また、あの場所に戻れそうな気がした。が、耐えようとすればするほど、感覚が鋭くなり、魔力の動きが快感となって、菜々子の脳を揺さぶる。
「ん、ふぅ」
甘い声が漏れそうになって、菜々子は大きく息を吐いて誤魔化す。
(わ、私は真面目だから、ちゃんとしなきゃ)
菜々子は自分に言い聞かせる。
菜々子は、物心ついた時から、大人の言うことを聞くことが正しいことだと思っていた。だから、家では家事の手伝いだけではなく、勉強を積極的に行い、学校でも学級委員長を務めるなどして、大人が言う正しい行いに努めてきた。そんな菜々子を、人は真面目だと評価し、菜々子はその評価を誇らしく受け入れた。
しかし、その価値観も揺らぎつつはあって、最近は真面目なイメージを変えたいと思う気持ちもある。
きっかけは、中学時代に、仲の良かった友人たちが自分の知らないところで遊んでいることを知ったことだった。そのときは、正直ショックで、なぜ、自分を誘ってくれなかったのか考えた。その結果、自分が真面目でつまらない人間だと思われているからという結論に至った。
それから菜々子は、自分がユニークな人間であることを示すため、たまに冗談などを言うようにしてみた。が、誰からも冗談だとは思われず、毎回、変な空気になる。
ディーバーも最初は冗談のつもりだったが、両親や学校の先生は真剣に受け止め、冗談と言い出せないまま、今に至る。
なんだかんだでディーバーを楽しめているので、この機会を通し、自分を変えたいと思っているが――。
(こ、こんなイメージ改革は想像してなかったよぉ)
菜々子は顔を真っ赤にして目を強く瞑る。
「――土井ちゃん、大丈夫?」
一花に気づかれた。菜々子は顔を上げ、引きつった笑みを返す。
「だ、大丈夫」
一花はじっと菜々子の表情を見つめた後、英雄の白衣の袖を引っ張って言う。
「ねぇ、土井ちゃんに何かしてるでしょ?」
「えっ」と絵麻が振り返る。さらに、啓子や翔琉の視線にも気づき、菜々子は頭が真っ白になる。
「べつに何もしてないけど」
「本当?」
「あ、土井ちゃん!?」
菜々子は駆け出していた。このまま部屋にいたら、皆の前で醜態をさらすかもしれないと思ったからだ。
「待ってよ! 土井ちゃん!?」
「大丈夫!?」
絵麻と一花も追いかけてくる。
(な、何でついてくるの!?)
しかも二人は、ナース服のはずなのに、普通に足が速い。菜々子も足は速い方だが、中々引き離せない。
(もう、あそこしかない!)
菜々子は女子トイレに駆け込むと、個室に飛び込んで鍵を掛けた。
便座に座り、口を押さえる。
「――っ」
心拍数が上がったせいか、感じやすくなっている気がする。
「土井ちゃん、大丈夫?」
「何か必要なものある?」
「う、うん。大丈夫。ありがとう」
菜々子は外にいる絵麻と一花のことを煩わしく思った。が、同時に、二人の存在を意識すると、より声が出そうになる。
”土井春さん。大丈夫ですか?”
菜々子は目を見開き、辺りを見回す。英雄の声がした。
”念話で話しかけているんですけど、大丈夫ですか?”
”……あ、はぃ。大丈夫です”
”良かったです。どこか気持ち悪かったりしますか?”
”いや、そうじゃないんですけど、でも……”
”でも?”
”……い、言わせないでくださいっ♡”
”……わかりました。もうそろそろ終わりそうなんですけど、このまま続けても良いですか? それとも、一回止めますか?”
”もう少しで終わるのなら、このまま、お、お願いしますっ”
”んじゃ、最後に勢いを少し強めて一巡させますね”
”ええっ!? もぅ、い――”
「ひんっ♡」
ついに我慢できず、声が出てしまった。
「土井ちゃん!?」
「やっぱり、マネージャーに何かされているんじゃ!?」
しかし、二人に言葉を返す余裕はもう無かった。必死に口を押さえ、声が出ないようにするだけで精一杯。しかも、そうやって二人のことを意識するほど、魔力を強く感じるし、菜々子の情緒はもうめちゃくちゃだった。
そして――。
「――――――っ!!!」
今日一の感覚を覚え、全身の筋肉が強張った。菜々子は口を押さえて身を屈めたまま、しばらく動けなくなる。
”土井春さん。頑張りましたね。以上で治療は完了です”
”……ほ、本当に終わりですか?”
”はい。終わりです。啓子さんも心配しているので、落ち着いたら戻ってきてください”
”……はい。あの、八源さん。八源さんは、もしかして、ずっと私のことを見ていましたか?”
”はい。診ていましたよ”
菜々子の顔が真っ赤になる。
”うえぇっ! ここ、女子トイレですよ”
”そうなんですね。でもまぁ、最後まで診るのが俺の仕事ですから”
”そんなところまで責任感を発揮しないでくださいよ!”
”いや、何でですか。まぁ、よくわかりませんけど、ちょっと切りますね。また、部屋で会いましょう”
(あ、ちょっと)
しかし、念話が切れた感覚があった。
(うぅ~。どうしよう)
菜々子は火照った顔を押さえる。恥ずかしいところを見られてしまった。しかも相手は、大人の男性であり、今後、自分とも付き合いがあるであろう英雄だ。
その状況に菜々子は穴があったら入りたくなるほどの羞恥心を抱くと同時に、少しだけ――興奮していた。
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