第55話 アイドル系ディーバー、揃う

「皆、久しぶり」


「久しぶりだね、土井ちゃん――」


 絵麻は菜々子の左胸に気づく。そこには白いテープが張ってあり、そこにデカデカと『土井春菜々子』と書いてあった。


(えっ)


 戸惑う絵麻。それは、一花と翔琉も同じだった。しかしその戸惑いは一瞬のことで、三人は疑問を笑顔の下に隠した。


「体調はどう?」


「うん。今日はボチボチかな」


 菜々子は微笑みながら、腹部をさする。その笑みには多少の儚さがあって、まだ本調子ではないことが伺える。


「そっか。会えて嬉しいよ!」


「あ、そうだ。マネージャーのお土産があるから、土井ちゃんも良かったら。ってか、座ろう!」


「ありがとう」


 一花と絵麻に手を引かれ、菜々子を中央に三人は同じソファーに座る。渡されたお土産を見て、菜々子は言う。


「静岡のお土産だ」


「うん。新しく入ったマネージャーが、昨日、フジダンに行ったらしいよ」


「へぇ。フジダンに。八源さんだっけ?」


「うん。啓子さんも一緒だったみたいだけど」


「そうなんだ」


「土井ちゃんはもう会ったの? って、これからか」


「うん。と言っても、電話で話しただけだけど。八源さんがマネージャーになった直後くらいに、啓子さんと電話で話す機会があって、そこに丁度居合わせたらしく、それで少しだけ喋った。あのときは、義務的なことしか話していなかったからわからなかったけど、配信を見た感じ、楽しそうな人だね」


「そうね。悪い奴じゃないわ」


「うんうん。絵麻なんてもう夢中だしね」


「はぁ? べつにそんなんじゃないし、そういう一花だって、夢中じゃん」


「まぁね」


「……いいなぁ。皆、楽しそう。私がいない間に」


 その瞬間、空気が凍り付いた。絵麻と一花の表情が引きつったのを見て、翔琉が慌ててフォローに入る。


「でも、僕もそうだけど、皆、土井ちゃんがいなくて寂しかったよ。配信のときもここに土井ちゃんがいれば、もっと楽しいのになーって思っていたし」


「そうね! あの場に土井ちゃんがいたら、10万人と言わず、20万にも余裕で超えたと思うわ」


「だね! 土井ちゃんにはそれくらいの魅力があるよ」


「そうかな?」


「そうだよね! ね?」


 絵麻の問いかけに、一花と翔琉は全力で頷く。


「そっか。なら、良かった」


 菜々子の笑顔に、三人は安どの息を漏らす。


「でも、あの配信、皆、生き生きしていた。私とのときはそんなことなかったのに。やっぱり、学年が違うから、気を遣っていたのかなって」


 三人の間に再び緊張が走る。出足が一歩遅れてしまった翔琉の代わりに、絵麻が口を開く。


「そんなことないよ! ただ、最初の配信だったから、緊張していただけだって」


「そうだよ! あたしたちもあれが初めて、どうすればいいかわからなかったし」


「そうだね。今度、皆で配信をしたときは、もっと楽しくなるよ!」


「本当?」


 三人が大きく頷くと、「そっかぁ」と菜々子の眉が開く。


 三人は安どしそうになるも、表情が強張る。まだ、何かあるかもしれない。安心はできない状況だ。


「そういえば、ゴブリンの巣窟もクリアしたんだね。しかも、再出現したボスを倒して。私がいない間に」


「それはまぁ、あいつのおかげかな」


「あいつ?」


「英雄さんのことだよ」と翔琉が補足する。「魔法について詳しいらしく、僕らのやり方を見て、正しいやり方を教えてくれたんだ。それでうまくいったのさ」


「そうそう」と一花が頷く。「土井ちゃんも、マネージャーから指導を受ければ、私たちくらいのこと、できるようになるかも。っていうか、土井ちゃんなら絶対できるようになる」


「そうなんだ。ってか、ごめんね。意地悪なこと言って」と菜々子は申し訳なさそうに肩を丸める。「皆の反応が面白くてさ」


「……ちょ、ちょっと~土井ちゃん。驚かさないでよ~」


「そうだよ。あたしたち、マジで困ったんだから」


「ごめん、ごめん。でも、本当に謝らなきゃいけないのは私の方だね。グループの大事そうなときに、お休みを頂いちゃって。リーダーである私が、足並みを乱しちゃった」


 菜々子が眉根を寄せる。先までの冗談の感じはなく、本気で悔やんでいる顔だった。


 だから絵麻が、「そんなことないよ、土井ちゃん!」と菜々子の左腕を抱く。「事情が事情なだけに仕方ないよ。それに、土井ちゃんなら、ブランクなんて簡単に埋められるって私たち知っているし」


「そうだよ!」と一花が菜々子の右腕を抱く。「べつにあたしたちは、それくらいのことで土井ちゃんのことを悪く思ったりしないから、心配しなくても大丈夫だよ!」


「そうだね。僕たちだけじゃなく、啓子さんや英雄さん、ファンの皆だって、僕たちと同じ気持ちだと思うよ」


「うぅ~。皆、ありがとう」


 目じりを拭う菜々子を見て、三人から自然と笑みがこぼれる。早く、彼女がグループに戻ることを心から願った。


「あ、そうだ。あいつに診てもらったら、土井ちゃんの病気もわかるんじゃない?」


「それはあるかも」


「どういうこと?」


「まぁ、会えばわかるよ」


 絵麻は笑って誤魔化す。


「その場合はあれの出番だね」と一花。


「だね」


 絵麻と一花の意味深なやり取りを疑問に思いつつ、菜々子は話を続ける。


「……よくわからないけど、皆が八源さんのことを信頼しているのは何となくわかった。もしかして、絵麻と一花がちゃんと化粧しているのも八源さんによく見られたいからだったりするの?」


 絵麻と一花の体がビクッと震え、絵麻が苦虫を嚙み潰したような表情で言う。


「いや、前からしてたじゃん」


「うん。でも、気合が入っているというか、前よりもちゃんとしている」


「そんなことないと思うけどな~」


「まぁ、あたしはあるかも」


「……私もちょっとはあるかも」


「そっか。二人がそんな風に思うなんて、会うのが楽しみになってきた」


「噂をすれば、来たんじゃないかな」


 翔琉の言う通り、扉の向こう側で物音がして、扉が開いた。そこに立っていたのは、パソコンを抱えた英雄である。菜々子はすぐさま立ち上がって、英雄に歩み寄り、一礼する。


「以前、お電話で話したことはありますが、こうして会うのは初めてですね。はじめまして、土井春菜々子です」


「あ、丁寧にどうも。八源英雄で、す……」


 そこで英雄は、菜々子の左胸にある名札に気づいた。視線を戻すと、菜々子の頬が朱色に染まる。


(何か言わなくては)


 英雄はすぐに言葉を絞り出す。


「えっと、良い名札ですね。俺も付ければ良かったな」


 菜々子はしゅんと眉根をよせる。正解の反応ではないらしい。英雄はこほんと咳ばらいをして、仕切り直す。


「今日、来てくださったんですね」


「すみません。皆を驚かせたくて連絡とかしなかったんですけど、した方が良かったですかね?」


「いえいえ、大丈夫ですよ。それより、ちょっと握手をしてもいいですか?」


「え、あ、はい」


 菜々子が差し出した手を、「ちょっとピリッとしますね」と言って、英雄は握る。


 静電気めいた痛みに菜々子は手を放しそうになるも、英雄は掴んだまま逃がさない。


 そして、神妙な顔で手を放すと、菜々子を見据えて言った。


「やはり、そうでしたか。菜々子さん。あなたは――魔導系にトラブルを抱えていますね」

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