第54話 白衣の勇者、知る
一花の評価を聞いて、英雄は首を傾げる。
「……すまん。よくわからん」
「何て言えばいいんだろう。いつもは大人しいのに、何か急に目立つようなことをやって、クラスから注目を浴びようとする人がいるじゃん? あんな感じ」
「あぁ、わかるかも」と絵麻が頷く。「最初の配信の時も、何か2000年のサングラスをつけて現れたもんね」
「2000年のサングラス? 何で?」
「さぁ? それは本人に聞いてよ。私たちも戸惑ったんだから。啓子さんが指摘したら、恥ずかしそうにしまってたけど」
「土井ちゃんなりのウケ狙いなんじゃないかな。意外だったから、困ったけど。それに、何かニヤニヤしてスマホをいじっているから、何だろうと思って、チラ見したんだけど、漫才のネタ? みたいなものをメモしてた」
「あぁ、それなら、私も見た。というか、聞いた。あれは、Elements結成の初日かな。トイレに行ったら、隣の個室で何かブツブツ言っている人がいたんだけど、それが土井ちゃんだった」
「へぇ。何を言っていたの?」
「うーん。よくわかんないけど、私たちへの自己紹介を考えているみたいだったよ。本番では、無難な発表をしていたけど」
「そうなんだ。面白かった?」
「……どうなんだろう。私は個性的だなって思った」
「ふーん。お笑い芸人を目指されている方なの?」
「さぁ? それは土井ちゃんに聞いてよ」
「それもそうだな」
「でも、だとしたら、意外だよね。そんな風には見えないのに」
「だね」
「どんな感じの人なの?」
「見た目は、絵麻に似ているかな。クールな感じでいつも短めのポニーテールをしているから、優等生って感じがする」
「そうね。まぁ、私の方がクールだけど」
「ははっ、面白い冗談だな」
絵麻が頬を膨らませて睨んでくるが、英雄は涼しい顔で受け流す。
「あ、あと、いつもジャージを着ている。ちゃんとしたブランドのやつだけど。ただ、スカートの下にも履いているから、ちょっとダサく見える」
「そっちの方が動きやすいんだって。走りたくなったら、すぐに走れるらしいし」
絵麻の補足に、英雄は「へぇ、ストイックなんだね」と返す。菜々子もフィジカルエリートであり、中学時代にソフトボールで全国大会に出場したこともあるみたいだから、その辺が関係しているのかもしれない。
「性格的にはどうなの?」
「良い人だよ」と絵麻が答える。「たまに変わったことするけど、基本的には真面目だし」
「そうだね。ちょっとズレているところはあるけど、良い人だよね」
「そうなんだ」
そのとき、扉が開いて、「お疲れ様です」と翔琉が現れた。
三人は挨拶を返す。
翔琉は英雄と目が合うと、頬を赤らめて、そそくさと一人用のソファーに座った。
英雄はそんな翔琉を見て、思った。
(土曜の件、ちゃんとお礼を言わなきゃだな)
しかし二人がいる前だと、面倒なことになりかねない。終業後に会うことになっているので、そこでちゃんとお礼をしようと思った。
「あ、翔琉君。これ、マネージャーのお土産」
「ありがとう」一花に勧められた菓子を手に取り、「ふーん」と眺める。「静岡に行ったんですか?」
「ああ。フジダンを見たくてな」
「なるほど。一人でですか?」
「啓子さんも一緒」
「啓子さんですか。なら、大丈夫ですね」
「え、何が?」
「いえ、こちらの話です。それで、皆で何の話をしていたの?」
「土井ちゃんの話」と一花が答える。「近々、マネージャーが土井ちゃんと会うんだって」
「へぇ、そうなんだ」
「翔琉から見て、土井春さんはどんな人なの?」
「どんな人? そうですねぇ。優しいお姉さんと言った感じでしょうか。責任感も強くて、誰よりも先にスタジオに来て、練習とかしていますし、よく事務所のジムにいるところを見かけました」
「なるほど。そんな感じなんだ」
英雄の胸元で電子音が鳴った。英雄が設定していたアラームである。
「あ、すまん。ちょっと、システム課に行ってくる」
「何で?」
「借りてるパソコンの調子が悪いから、みてもらおうと思ってね」
「ふーん。えっちなサイトで変なウイルスを拾ったんじゃないの?」
「何それ最悪じゃん。仕事しろって感じ」
「安心しろ。見てないから。そもそも、そういうサイトは見れないようになっているだろうよ。んじゃ、ちょっと行ってくる。10分くらいで戻ってこれるんじゃないかな」
英雄がノートパソコンを持って、部屋を出て行った。
静寂が訪れ、「そういえばさ」と絵麻が口を開く。
「一花は、進路どうすんの? 私、まだ決めてないんだよね」
「あたしも決めてないよ。翔琉君はどうなの? やっぱり大学に行くの?」
「今のところはそのつもりだけど」
そんな感じで三人が談笑をしていると、不意に事務所の扉が開き、三人は現れた人物を見て、思わず立ち上がる。
「「「土井ちゃん!」」」
目元が涼し気で、短いポニーテールのジャージにスカートを履いた少女――土井春菜々子は静かに微笑んだ。
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