第52話 妖精界の姫、憤る
「この映像がどうかしたんですか?」
後ろから動画を覗き込み、沙代里が首を傾げる。それは、英雄がダンジョンへ入る際に、警備員から話しかけられそうになっている場面だった。
「いい。よく見て」
彩羽は別の角度から映像を流す。英雄に近づこうとした警備員は、英雄が手を合わせると、その場に留まり、英雄を見送った。
「すみません。私にはよくわからないのですが」
「画像が荒いから見にくいかもだけど、スローで再生してみるね」
スローで再生する。英雄はただ手を合わせたように見えた。が、素早い動きで、二回手を叩いていた。
「はわっ!?」と沙代里は驚く。「おそろしく速い二拍。私、見逃しちゃってました」
「そうね。私じゃなきゃ、見逃すと思うわ」
とはいえ、彩羽がその行動に気づいたのも、警備員の動きに既視感があったからだ。警備員の動きは、彩羽の魔法にかかった者が見せる挙動に似ていた。おそらく、普通の人には不自然に見えない軽微な挙動だったが、彩羽にはその差異がわかった。
「でも、これがどうしたんですか?」
「ん、まぁ。ちょっとね」
彩羽は曖昧な言葉で濁す。自分の魔法のことは、何となく、沙代里には言いづらかった。沙代里が自分の魔法について知っているとはいえ。
(ってことは、待てよ。あの人も私と同じことができるってことだよね?)
そこで彩羽は、英雄の言葉を思い出す。英雄は、自分の魔法を闇魔法と言っていた。
彩羽に対し、その指摘をしたのは、国際魔法協会の人間だけである。彼らは、彩羽の魔法は闇魔法の可能性があるから、光魔法と表現するのを控えるように進言してきた。根拠を求めたところ、提示できなかったので、参考程度の話として聞き流したが。
しかし英雄は、確信をもった様子で『闇魔法』と言っていた。このことは、英雄が彩羽や国際魔法協会の人間よりも魔法に対する深い知識を有していることを示唆する。
(……本当かな?)
彩羽はおもむろに立ち上がると、隣の部屋の扉を開ける。
「あ、入ってこないでね」
「承知しました」
彩羽は扉を閉じ、一人でその部屋に入った。
そこは彩羽の実験室だった。白い部屋には、10数匹のラットが個別のケージに入れられて管理されている。彩羽は、このラットを実験台に自分の魔法を試している。むろん、これは事務所の一部の人間しか知らないことだ。
「新しい子が増えているね」
彩羽はラットのタグを見て、飼育開始日を確認した。この部屋の管理は沙代里たちに任せている。
「よし! じゃあ、やってみようかな」
彩羽は腕まくりをして、手を叩き、魔法を試みる。
「うーん。ちょっと違うなぁ」
彩羽は英雄の映像を思い出しながら、試行錯誤を重ねる。
そして一時間後。
彩羽は手を叩く。
「立ち上がって」
ラットは反応しない。しかし、数匹のラットの目が虚ろいでいるように見えた。
彩羽がもう一度手を叩くと、数匹のラットがケージを掴んで、立ち上がる。先ほど、目に変化が見られた個体だった。
「なるほどねぇ」と彩羽は感心した様子で頷く。「こういうやり方もあるんだ」
彩羽は大きく伸びる。魔法を連続で使用したから、少し疲れてしまった。
部屋に戻ると、沙代里が紅茶とクッキーを用意して待っていた。
「あ、ありがとう」
「いえ、これも私の仕事なので」
彩羽はチェアに座って、クッキーを味わいつつ、紅茶をたしなむ。
「何かわかりましたか?」
「うん。まぁ」
英雄が自分と同じことができて、さらに自分が知らないようなやり方も知っていることがわかった。
(……って、ちょっと待って)
彩羽のクッキーを食べる手が止まる。
英雄は自分と同じことができて、自分が知らないようなやり方を知っていた。
ということは、自分なんかよりも自分の魔法について詳しくて、その防御の仕方まで理解しているのではないか。
その場合、あの従っているフリは演技で、自分の恥ずかしい姿を全て記憶していることになる。
彩羽は英雄にさらした痴態を思い出し、かあっと顔が赤くなった。机に突っ伏して体が震えだす。恥ずかしさと怒りで頭がおかしくなりそうだ。
「だ、大丈夫ですか! 夜美さん!」
沙代里に心配されるもそれどころではない。
あの男は見てはいけないものを見てしまった。妖精界の姫たる自分の乱れた姿だ。それは、決して、人間界の男が見ていいものではない。
(ゆ、許さないわよ、八源英雄!)
彩羽の目に怒りの炎が灯った。
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