第51話 妖精界の姫、調べる
――彩羽の後日談。
彩羽には、事務所に自分の部屋があった。
黒で統一された部屋には、スポンサーにもらった黒いゲーミングチェアがあって、彩羽はその椅子に座り、機嫌良さそうにくるくる回っていた。
英雄の治療を受けてから、頭痛が無くなった。
(あの人、嘘は言っていなかったみたいね)
気分が良いし、自分のグッズの一つや二つ送ってあげたいところだ。サインも付けたら、喜ぶに違いない。
(でも、気になることを言っていたのよね)
彩羽はピタリと止まる。行方不明になっていた10年間の記憶はないが、魔導系の専門医みたいなことをしていた記憶はおぼろげにあると言っていた。
しかし、魔導系の専門医の話なんて聞いたことが無い。
となると、英雄が嘘を吐いていたか、人知れずそんな活動をしていたかのどちらかだ。
おそらく、嘘は吐いていない。自分の魔法が掛かった状態で嘘を吐けるはずがないし、実際、彼の治療のおかげで、頭痛は消えた。
(じゃあ、人知れず活動していたということになるけれど)
しかし、魔導系の専門医なんて、人知れずできるものなのだろうか。かなり需要はありそうだが……。
そのとき、ドアをノックする音が聞こえ、「どうぞ」と返事する。
「失礼します」
入ってきたのは、疲れた表情の沙代里だった。
「夜美さん。例のモノをあそこに入れておきました」
「ん。ありがとう」
彩羽が微笑みかけると、沙代里の顔が明るくなる。沙代里は、彩羽に感謝されるだけで元気になる。
彩羽はパソコンに向かうと、あるファイルサーバーへアクセスする。そこには、大量の動画データが保存されていた。
沙代里には、英雄についての調査を依頼し、行方不明になった日の現場周辺にある監視カメラの映像と、行方不明だったはずの英雄が寝ていたとされる公園周辺の監視カメラの映像を集めてもらった。彩羽の事務所は警察を含むいろいろなところに太いパイプがあるらしく、様々な情報が楽に集まるから、彩羽としても助かっている。
彩羽は一時間ほどかけて、複数のモニターで動画を確認するも、公になっている情報以上の情報を得ることはできなかった。英雄は、突然消えて、突然現れたように見える。カメラの台数は多いが、肝心な部分が映っていないことを、彩羽はもどかしく思った。
(まぁ、贅沢は言えないか)
これだけの映像があることに感謝しなければ。
彩羽はチェアに深く腰掛け、体を揺らしながら、沙代里に質問する。
「この動画は沙代里たちも見たんだよね?」
「はい。確認しました」
「そう」
彩羽には五人のマネージャーがいる。皆、優秀だから、何かあれば気づくと思うが、誰も気づかなかったということは、誰も不審に思うところはなかったのだろう。
「沙代里は、彼の行方不明について、どう思う?」
「そうですね。誘拐だったんじゃないかって思います。あの廃墟で、ヤバい奴らが取引していたところを彼に見られてしまい、それで誘拐され、今頃になって解放された。まぁ、それを裏付ける証拠はないですか。ただ、彼がそのヤバい奴らから解放してもらう条件として、10年分の記憶は忘れていることにしている可能性はあるんじゃないかなって思います」
「……なるほど。ありそうな話だね」
しかし、自分の支配下にあって、彼が嘘を吐けるとは思えないから、隠している可能性はない。
「夜美さんはどうお考えになられているんですか?」
「私は、神隠しなんじゃないかなって思う」
「神隠し、ですか?」
彩羽はくるりと椅子を回して、沙代里と向かい合う。
「そんな馬鹿な、と思ったでしょ」
「い、いえ。そんなことは」
「でもね。考えてみてよ。この世界には、ダンジョンが現れ、人間が魔法を使えるようになったんだよ? だから私は、神隠しもありえると思うんだよね」
「なるほど」
彩羽はパソコンに向き直る。彩羽の考えに偽りはない。つまり、八源英雄は神隠しにあった。ダンジョンが出現したことで、そういった超常現象的なことも起こりうる世の中になったからだ。
そしてこのとき大事なのは、誰が、どのようにして、どこに英雄を連れ去ったかだ。とくに『どこ』が重要で、彩羽はそこが『妖精界』であることを願った。
「あの、夜美さん」と沙代里から声が掛かる。
振り返ると、心配そうな表情の沙代里が立っていた。
「私たちでは、夜美さんのお力になれないのでしょうか?」
「そんなことないけど、どうして?」
「私たちが頼りないから、新たなマネージャーを迎えようとしているのではないですか?」
「ふっ」と彩羽は笑う。「そんなわけないじゃない。あなたたちのことは頼りにしているわ。八源英雄については、個人的に気になっているから調べているだけ」
「そうですか。なら、良かったです」
彩羽は沙代里を手招く。不思議そうに歩み寄ってきた沙代里を、彩羽は立ち上がって抱きしめた。
「はわわわ。夜美さん」
「いつもありがとうね」と彩羽は沙代里の背中を撫でる。「頼りにしているわ」
「……はい!」
沙代里を元気にしたところで、彩羽はチェアに座って、パソコンに視線を戻す。しかし、その顔にはほのぐらい影があった。沙代里に慕われているのは嬉しいが、同時に罪の意識もある。
沙代里に魔法を使った覚えはないが、もしかしたら無意識に魔法を使い、彼女を操っている可能性があるからだ。彩羽は緊急性の高い場合を除き、他人に対して自分の魔法は使わないことにしている。だから、沙代里が自分を慕っているのも彼女の素であると思っているが、魔法のせいで信じ切れない自分がいる。そして、それは沙代里だけではなく、自分を応援してくれるすべての人に対して言えることだった。
だからこそ、自分は本来いるべき場所に帰る必要がある。そのためにも、『妖精界』は見つけなければいけない。
「ん?」
彩羽は動画ファイルの一覧を眺め、『ダンジョン入構時の映像』と書かれたファイルを見つける。
「この『ダンジョン入構時の映像』というのは?」
「あ、はい。ギルドの人に、八源英雄について探りを入れたら、動画をくれました」
「ふーん。流石ね」
ギルドから情報を得てきた沙代里の優秀さに感心しつつ、彩羽は動画を再生する。
そして、ある場面で眉をひそめた。
「これは……」
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