第47話 白衣の勇者、はめる

 英雄がダンジョン外で夜美彩羽を視診したとき、彼女が何かしらのトラブルを抱えていることがわかった。


(……助けた方が良いよな)


 そう思った理由は二つ。


 まず、彼女が闇魔法を使えることだ。闇魔法を使える、つまり、闇の魔素の含有比率が高い人間はかなり少ないため、彼女がいることで魔法に関する知見が広がることが期待される。


 そして、ここで彼女とつながりを作っておけば、後々役立つかもしれないという打算的な理由もある。方法によってはあまり期待できないかもしれないが。


 いずれにせよ、触診しないとその後のアクションも難しいので、まずは触診をしたい。


 しかし握手を求めるような雰囲気ではないし、仮にトラブルがあったとして、それを素直に彩羽が受け入れいてくれるとは思えないから、彼女を触診し、治療できるような状況を作り出す必要があった。


(どうしようかなぁ)


 彩羽の背中を見送りながら、英雄は策を練り、思いついた。


 まず、光魔法(虚構魔法)の【偽召喚】を用いて、自分の魔力からモンスターを生成し、そのモンスターを彩羽の一団にけしかけて、分散させる。


 彼女を1人にしたら、光魔法(虚構魔法)の【偽召喚】で生成したモンスター『トラップ・クラブ』を使い、彼女を罠にはめる。


 トラップ・クラブとは、甲羅に罠魔法を仕込んでいるカニ型のモンスターのことで、踏むと様々な罠が作動するようになっている。


 その際、作動する罠として拘束系の罠にすることにした。拘束を解くことを理由に、自然と相手の体に触ることができるからだ。


 そこで問題になってくるのは、どんな拘束系の罠を採用するかだ。中途半端な罠だと彼女に破壊されかねない。かといって、強力すぎると彼女を傷つけてしまう。


 強力でありながら、彼女を傷つける可能性が低い罠はないか。


 それを考えた結果、英雄が導き出した答えは――『壁尻トラップ』である。


 ということで、英雄は強めのドラゴンを三体、『壁尻トラップ』を搭載したトラップ・クラブを地下15階に配置し、そのときを待つ。


 彩羽たちを待っている間、英雄は最深部へ向かい、ドラゴンやトラップ・クラブの感覚を介して、地下15階の様子を探った。


 そして、地下15階へ夜美の一団がやってきたので、適当なタイミングでドラゴンを投入し、夜美の一団を分散させることに成功する。


 さらに、従えたモンスターとともに逃げる夜美の足元にトラップ・クラブを滑り込ませ、彼女を壁尻トラップで捕獲することにも成功した。


 そのとき、最深部から地下15階を目指していた英雄は、苦手な光魔法【転移】も使って、到着を急ぐ。夜美の仲間たちに関しては、ドラゴンを操って、夜美探しができないように気を引く。


 そんなことをしているうちに、地下15階へ到着。


 英雄の視線の先には――壁にはさまって動けない夜美の下半身があった。


(さて、いざ彼女を前にすると、どこを触ればいいか悩んでしまうな)


 英雄は夜美の下半身の前で悩む。彼女に触れるとしたら、どこを触るのがベストなのか。もちろん、触れないのがベストなのはその通りだが、触診のためには触れる必要があるのだから、仕方がない。


(うーん。触るとしたら、手、足、腰のどれかかな)


 まずは手について考えてみる。手ということは、いったん、彼女の上半身がある方へ回り込む必要がある。それ自体はすぐにできるため、そこまでの問題ではない。が、夜美は英雄が子役自体から知るスーパースターだ。そんなスターと正対することに多少の気恥ずかしさはあった。


 次に足について考える。足だと、作業するときに、目の前に彼女の尻があることになる。それは、絵面的に良くない……気がする。


(となると、腰か)


 腰なら、彼女と直接顔を合わせることもないので、恥ずかしくない。また、腰なら穴から引きずりだそうとしているようにも見えるので、絵面としても流れとしても変ではない。


 方針が決まったところで、英雄は声を掛ける。


「あの、大丈夫ですか?」


「もしかして、壁の向こう側に誰かいるんですか?」


「はい」


「良かった。救援隊の方ですか?」


「いや、たまたま通り掛かって、困っているようだったので声を掛けたんでした」


「そうでしたか。あのトラップを作動させっちゃみたいで、助けてもらえませんか?」


「わかりました。それじゃあ――腰を触ってもいいですか? とりあえず、引いてみようと思うので」


「……お願いします」


「んじゃ、触りますね」


 腰に触れ、英雄は触診する。そしてすぐに、彼女が抱えるトラブルがわかった。ビクッと体が震えたので、一応声を掛ける。


「大丈夫ですか?」


「あ、はい。大丈夫です」


 英雄は考える。彼女が抱えるトラブルはわかったが、そのトラブルと治療についてどのように伝えようか。彩羽にとって、自分は初対面の男である。そんな男の言葉を簡単には信じられないだろう。一応、何個か案は考えているが、どれを採用するのが正解か。


 そのとき、彩羽が闇魔法の【洗脳】を発動したことに気づく。


(……そういうことか)


 彼女が闇魔法を発動してくれたおかげで、彼女のトラブルの原因がわかった。


 さらに、この【洗脳】を逆に利用すれば、治療ができるかもしれないとも思う。


 つまり、彼女に助けるよう命じられ、その助けを治療と解釈したことにすれば、流れで治療にもっていける。


 もちろん、多少の強引さは必要になる。しかしときとして、治療をするためには強引さも必要……なはず。少なくとも、異世界ではそうだった。


「さぁ、手を放して、私を傷つけないように、この壁を壊して」


 彩羽の口調が変わった。自分の魔法が効いていることを確信している様子。しかし残念、その魔法は英雄に効かない。


「……あなたは助けて欲しいんですよね?」


「え、うん」


「そうですか。なら、このままあなたを助けますね」


「いやいや、手を放して」


「それはできません。なぜなら俺は、あなたを助けたいから」


「は? 私を助ける?」


「そうです。――夜美彩羽さん。あなた、最近、原因不明の頭痛に悩まされているんじゃないですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る