第46話 白衣の勇者、調べる

 ――時間は少し遡り、日曜日の早朝。翔琉たちとスライム・ジェルについて調査した翌日の話である。


 英雄が、新宿駅の改札前で欠伸を噛み殺していると、声を掛ける者があった。


「お待たせ!」


 啓子である。


「いえ、大丈夫です。俺も、今来たところなんで。それじゃあ、行きましょうか」


「うん!」


 二人は改札を通り、電車に乗り込んだ。


「二人で静岡まで出かけるとか、デートみたいだね」


「ははっ、そうですね」


 英雄は苦笑で返す。二人はこれから静岡へ行くが、デートが目的ではない。日本初のダンジョン『フジダン』を調査するためだ。


 フジダンは、出現してから10年近く経つが、未だにその全容がわかっていないダンジョンだ。


 ギルドも積極的に探索を進めているみたいだが、その探索は遅々として進んでいない。理由としては、各階層が広すぎることと単純にモンスターが強力だからだ。


 だから英雄は、今回、フジダンに入り、その実態を調査することにした。しかし、まだ仮免許の状態であるから、免許を有している啓子に頼んで、一緒に来てもらった。


「すみませんねぇ。休日なのに」


「いいよ。もしかしたら、私たちの安全にも関わることもしれないしね」


「ありがとうございます」


 それから二人は電車に揺られ、フジダンの入口を目指した。


 ――フジダンのダンジョン前。


 英雄はシルバーアーマーを装備した啓子と合流する。


「お、今日はちゃんとした装備なんだ」


「ええ、まぁ。何か空気がピリピリしているんで」


 英雄はブロンズアーマーを装備していた。これまでのダンジョンは、初級(中級)者向けということもあり、緩い空気感もあった。しかしこのダンジョンは、ギルドが優先して探索していることもあってか、熟練の冒険者が多く、ひりつくような雰囲気に支配されていた。


 この状況で白衣は、無用なトラブルが起きかねないので、無難な装備にしている。いちいち魔法を使うのも面倒だし。


「それにしても人が多いんですね」


 他のダンジョン前は、多くても30人くらいしかいなかったが、このダンジョンに関しては、200人くらいいる。


「ああ、それは――」


 そのとき、どよめきが起きた。英雄は視線を向けて、驚く。夜美彩羽やみいろはがいた。これからダンジョンに行くとは思えない黒いドレスを着て、仲間を引き連れている。


「今日は、夜美ちゃんも探索するみたいなの」


「……なるほど」


 彩羽を待つ緊張感をべつの緊張感と勘違いした可能性がある。


 英雄は空気を読んだ自分が恥ずかしくなってきた。


(……まぁ、いいや)


 英雄は、黒髪をなびかせるきれいな横顔を眺め、視診した。


 その結果に、眉を顰める。


「どうかしたの?」と啓子が心配そうに声を掛ける。


「いえ、何でもないです」


 英雄は微笑み返すが、すぐに夜美へ視線を戻し、思案顔になった。


 彩羽がダンジョンに入ると、その場にいた他の冒険者もぞろぞろとダンジョンへ入って行く。


 その様に呆れつつ、英雄も提案する。


「俺たちも行きましょうか」


「うん!」


 そして、英雄と啓子はフジダンに足を踏み入れた。


 ――二時間後。


 英雄はフジダンの最深部に立っていた。ブロンズアーマーは途中で脱ぎ、白衣を羽織っている。隣に啓子はいない。最深部が超危険な場所である可能性を考慮し、啓子とは地下一階で別れ、そこからは単独で最深部を目指した。むろん、仮免許の冒険者が単独でダンジョンを探索するのは禁じられているが、になってしまったのだから、仕方がない。


 英雄は目の前にある光景を眺め、状況の解釈に努める。


 英雄の目の前には、巨大なモンスターが鎮座していた。獅子のような見た目で、頭部にヤギのような角が生え、太い牙が鋭い光を放っていた。


 ――ベヒーモス。異世界の人間は、目の前の化け物をそう呼んだ。レベル的には60くらいで、異世界でも強力なモンスターとして恐れられていた。


 しかし、目の前にいるベヒーモスは完全体とは言い難かった。左半身がまだできておらず、その断面は光に包まれていたからだ。そのためか、目の前に英雄がいても、動かない。いや、動けないのか。そもそも、英雄を認識していない可能性もある。


 完成していないのは、ベヒーモスだけではない。ベヒーモスがいるボス部屋も未完成だった。そこはドーム状の空間で、九割ほど石で覆われていたが、残りの一割は光に包まれたままである。


 その光は、ベヒーモスの断面を覆う光と同じものに見えた。


 だから英雄は、その光を調査することにした。まず光魔法の【分身】を使って、もう一人の自分を生み出すと、分身を操作して、光に触れる。


 そして分身から送られてきた情報をもとに、光の正体を分析し、一つの結論を得る。


「これは……『惑星の魔力』か」


 魔力を有するのは、人間やモンスターだけではない。惑星も天文学的な量の魔力を有する。質もかなり特殊で、人間やモンスターの魔力と比較して、魔素の量がとても多く、密度が大きい。


(となると、『惑星の魔力』を使って、ダンジョンやモンスターを生み出しているのか?)


 ありえない話ではない。実際、英雄は自分の魔力を使って分身を生み出した。それに、その気になれば、空間やモンスターだって作ることができる。このような魔法を『虚構魔法』と呼び、虚構魔法によって魔力から生成された存在を『虚構体』と呼ぶ。


 そして、虚構魔法を使えば、星の魔力を使って、ダンジョンやモンスター、アイテムといった異世界の産物を、理論上はこの世界で再現できるようになる。星の魔力を利用した虚構魔法の成功例は聞いたことが無いが。


 しかし、目の前でそうとしか思えない現象が起きているのだから、誰かが成功させたのだろう。


(そうか。だから、モンスターは倒したら消えるし、アイテムは使い切ったら消えるのか)


 虚構体は魔力を使って維持されているため、その魔力が消えると形質が維持できなくなる。つまり、このダンジョンにおけるモンスターの死やアイテムの消費は、形質を再現できるだけの魔力が尽きたことを意味する。


 英雄は闇魔法の【亜空間収納】を発動し、亜空間に収納していたブロンズアーマーを取り出して、魔力を調べる。ただの銅でできたアイテムだと思っていたが、これが虚構体なんだとしたら、どこかに星の魔力があるはず。


(……ないな)


 レンタルした時、ダンジョン内で回収されたアイテムである旨の記述があったから、虚構体のはずだが。


(もう少し探してみるか)


 そして見つけた。


 星の魔力は、小さな無数の点として存在していた。一つ一つの点に含まれる魔力の量が、英雄が普段設定している検知量の下限を大きく下回っているため、うまく検知できなかった。しかし、検知量の下限を下げていくことで、それらの検知に成功した。もしも、これらの魔力が最初から一つにまとまっていたら、英雄も労せず検知することができただろう。


 虚構体の魔力がこれほど小さいのも、この虚構体が、分子や原子、下手したらさらに小さなレベルから再現されているからだ。虚構体の最小構成単位に合わせて、魔力を分割することで、より効率的に形質の維持ができるのかもしれない。


 英雄は、大雑把に作った虚構体に電池めいた魔力の塊を装着するラジコンスタイルで虚構体を生成していたから、今回のようなやり方は想像すらできなかった。


(そういえば、モンスターがモンスターを食べていたり、洞窟の岩を舐めていたなんて報告もあったな)


 その報告から、消費した魔力を他の虚構体から摂取することで、消費分の魔力を補っていることが予想される。つまりダンジョンでは、魔力(エネルギー)の循環が起きている。


(モノだけではなく、環境まで生成するなんて、すごいな)


 英雄はこの虚構魔法を発明した者は、超が付くほどの天才であり、ドが付くほどの変態だと思った。


(じゃあ、それが誰なのかって話なんだけど……)


 それはわからない。モンスターが完全に異世界のそれなので、おそらく英雄がいた異世界の人間だとは思うが、これほどの天才に心当たりはない。


 また、この魔法を地球で発動した目的やその魔法をどうやって発動しているのかもわからない。今、目の前で、虚構魔法が発動中のはずだが、この場には英雄しかいない。発動者がいない状態で、どうやって魔法を発動するのか……。


(……まぁ、いいや。ダンジョンが虚構魔法によって作られた、ある種の虚構空間であることがわかっただけでも良しとしよう)


 わからないことを考え続けても時間の無駄……とはまでは言わないが、もったいないことには違いない。


 英雄は思考を切り替えて、部屋を見回す。


 とりあえず、ここまで来てわかったことは、このダンジョンに喫緊の課題は無いということだ。


 ベヒーモスが完全に再現されるまでは様子見で大丈夫だろう。だから、ギルドにもこのことは秘密にしておく。


(それよりも心配なのは、彼女なんだよな)


 英雄は天井を見上げる。


 そろそろ、自分の虚構体の出番がきそうだ。


 待たせるのも悪いし、英雄は足早に来た道を引き返した。


*設定は後日修正するかもしれません(2023/11/17)。

*休日は二回更新していましたが、明日からは一回(20:05)とさせていただきます。よろしくお願いします。

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