第45話 妖精界の姫、ピンチになる

 トップオブトップのディーバーである夜美彩羽は壁にはまって動けなくなっていた。


「まさか、こんなことになるなんて、最悪」


 彩羽は頬を膨らませて、不満を示す。いつもなら、その表情で多くの大人たちが焦りだすのだが、今は周りに誰もいない。


 だから、諦めたようにため息を吐き、こうなってしまった理由について思い返す。


 ――5分ほど前。


 彩羽はマネージャーや護衛とともに富士山の麓にある洞窟型のダンジョン『フジダン』の地下15階を探索していた。


 フジダンは、日本で最初に確認されたダンジョンであり、未だに最深部へ到達できていないダンジョンでもある。


 また、出現するモンスターも強力で、地下1階は危険度Cだが、地下2階から危険度B、地下8階からは危険度Aに設定されている。


 これまでは、地下14階までの撮影しか許可されていなかったのだが、最近、ギルドによる安全調査が完了し、地下16階までの撮影許可が下りた。


 だから今日は、地下15階の様子を撮影するためにこのダンジョンへやってきたのだが……。


 途中までは順調だった。


 マネージャー2人と護衛の3人、途中で従えたモンスターも5体いて、計11人(体)の大所帯でダンジョンを進んでいた。


 しかし、地下15階を進んでいると、分かれ道のところで、見たことも無いドラゴンの襲撃を受けた。しかもドラゴンは3体もいて、現場は軽くパニックになった。


 それでも、猛者の集まりであったから、冷静に対処しようとするも、ドラゴンに追い立てられて散り散りに。


 彩羽は従えたモンスターと逃げていたが、そのとき、トラップを踏んでしまい、今に至る。


「……不覚だわ」


 トラップには常に気を付けていたが、踏んでしまったのは失態以外の何物でもない。


 ただ、幸か不幸か、トラップの種類が他のトラップに比べれば、幾分かマシだった。


 これは拘束トラップの一種。発動すると、解除されるまで動けなくなる。


 そして今回のトラップは、壁にはまったまま動けなくなることから、誰が呼んだか、『壁尻トラップ』と呼ばれている。


 彩羽は様々な魔法を使って、壁の破壊を試みたが、攻撃力のある魔法が苦手であったから、壊すことはできなかった。


 モンスターに命令して破壊を試みも、壊れなかった。だから、今は周囲の警戒を任せている。


 ドラゴンと遭遇したときに、救援信号は送っているから、そろそろ迎えが来るはず。


 とはいえ、場所が場所なだけに来るのも一苦労なのだろう。彩羽は時計を見て、大きなため息を吐いた。


「もう。ギルドもちゃんとトラップの存在を確認しなさいよ」


 彩羽は再び頬を膨らませる。安全確認を怠ったギルドの冒険者に怒りが湧いた。


「あのドラゴンだって、そう。あんなのがいたら、馬鹿でも気づくでしょ」


 しかし、正直、ギルドの冒険者が見落としたとは思えない。橋を叩きすぎるほど慎重な彼らが、あんなドラゴンを見逃すはずがないからだ。


「……それに、前に来たときは、いなかったよね。あんなの」


 彩羽がこのダンジョンの地下15階に来たのは、実は初めてではない。冒険者としての実力を評価され、ギルドから探索の依頼を受けたことがある。


 それで、半年掛けてギルドの冒険者と、地下12階から地下16階までの探索を行ったのだが、そのときはあんなドラゴンなんていなかった。


(……となると、あれはイレギュラーなモンスターということ? ってか、何であのドラゴンに私の魔法が効かなかったんだろう?)


 彩羽はドラゴンに遭遇した際、すぐにモンスターを従えるための魔法を発動した。しかし、あのドラゴンには全く効かなかった。


 効果の差はあるものの、どんなモンスターにも効いてきた魔法なだけに、彩羽は驚きを隠せなかった。


「……っく」


 そのとき、彩羽の目の奥に激痛が走った。彩羽は目尻を抑えて嘆く。


「こんなときに」


 一年ほど前から、彩羽は正体不明の頭痛に悩まされていた。医者に診てもらったが、原因はわからず、鎮痛剤で誤魔化している。


 しかし最近は、発生する頻度が上がっているせいか、鎮痛剤の効果も薄れてきた。


「あの、大丈夫ですか?」


 彩羽はハッと顔を上げる。辺りを見回すも人の姿はない。となると……。


「もしかして、壁の向こう側に誰かいるんですか?」


「はい」


 低めの男の声が返ってきたので、彩羽は安どの声を漏らす。


「良かった。救援隊の方ですか?」


「いや、たまたま通り掛かって、困っているようだったので声を掛けたんでした」


 救援隊ではない。が、ここにいるということは手練れであるに違いない。


「そうでしたか。あのトラップを作動させっちゃみたいで、助けてもらえませんか?」


「わかりました。それじゃあ――腰を触ってもいいですか? とりあえず、引いてみようと思うので」


 見知らぬ男に触れられることに抵抗が無いわけではない。しかし、今はそんなことを言っている場合ではないし、彩羽としても体のどこかに触られるのは悪いことではなかった。魔法で相手を従えることができるようになるからだ。本当は、見つめ合った方がより強力に作用するのだが、目の前にいないのだから、やむなしだ。


「……お願いします」


「んじゃ、触りますね」


 両手で腰を掴まれる感触があった。


 瞬間、静電気のような痛みが走って、悶える。


「大丈夫ですか?」


「あ、はい。大丈夫です」


 魔法を発動するつもりだったが、気が反れてしまった。集中し直して、魔法を発動する。


(はい、残念でした。これであなたは私の従順なる下僕よ)


 再び頭部に痛みが走ったが、彩羽はその痛みを堪えて、壁の向こうにいる男に命令する。


「さぁ、手を放して、私を傷つけないように、この壁を壊して」


 しかし、男からの反応が無い。彩羽が怪訝に思っていると、男から返事があった。


「……あなたは助けて欲しいんですよね?」


「え、うん」


「そうですか。なら、このままあなたを助けますね」


「いやいや、手を放して」


「それはできません。なぜなら俺は、あなたを助けたいから」


「は? 私を助ける?」


「そうです。――夜美彩羽さん。あなた、最近、原因不明の頭痛に悩まされているんじゃないですか?」

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