白衣の勇者と妖精界の姫

第44話 妖精界の姫、自覚する

 夜美彩羽やみいろはは、ある日、思った。


 両親が自分に優しすぎる。


 両親に怒られたことは一度も無く、両親は欲しいと言ったものは何でも買ってくれたし、行きたいと言ったところはどこでも連れて行ってくれた。


 普通の親はそこまでしないらしいので、両親に理由を聞いてみた。


 すると、まだ5歳の彩羽に対し、両親は言った。


「それはね、彩羽ちゃんが特別だからだよ」


 両親の言っている『特別』の意味を理解できる年齢ではなかったが、自分は他の子どもと違うことを感覚で理解した。


 そして『子役』としてデビューしたことで、自分が特別であることをより実感するようになる。


 子役になったのは、父親の友達から誘われたからだ。とくに興味はなかったけど、何となくドラマに出演してみた。


 その結果、彩羽が出演したドラマは瞬く間に人気となり、『夜美ちゃん』が流行語大賞を受賞するほどの社会現象となる。


 世間から熱狂的な視線が向けられるも、彩羽はとても冷静で、むしろ、困惑する。


 大の大人たちが、子供の自分に媚びる理由がわからなかった。


 だから、ドラマで一緒になった女優に理由を聞いてみた。


 すると、彼女は言った。


「それはね、彩羽ちゃんがお姫様だからだよ」


 このとき、彩羽は7歳だったが、その答えがしっくりきて、自分が姫であることを自覚した。


 それから彩羽は、お姫様のように振舞った。欲しいものは何でも要求し、気分で仕事をする。それでも大人たちに怒られることはなく、皆が彩羽の全てを肯定してくれた。


 しかしある日、彩羽は思う。


 さすがに大人たちが従順すぎる。


 自分より一回りも二回りも年下の娘に媚びる姿は、見ていて恐怖すら覚え始めた。


 だから、敢えて大人を馬鹿にしてみたりもしたが、皆、ヘラヘラして平気な様子。その姿を見るたびに、彩羽の「なぜ?」は大きくなっていった。


 彩羽が10歳の時、その疑問を解決する出来事が起きる。


 この世界にダンジョンが出現したのだ。


 その存在は、まず、カナダで発見された。それから世界各地で発見されるようになり、日本では富士山の麓でダンジョンが見つかる。


 マスコミは連日連夜、ダンジョンのことを報道し、彩羽も未知の恐怖に怯えた。


 そして、自衛隊が公開した内部映像に映るスライムやゴブリンといったモンスターを見て、誰かが『フェアリークエスト』みたいだと言った。


 フェアリークエストは大人気のRPGゲームで、妖精界の姫が登場し、人間がその姫のために奮闘する物語が描かれている。


 それで彩羽は、大人たちが自分になびく理由がわかった。


 彩羽は『妖精界の姫』だった。


 だから、人間の大人たちが、彩羽に尽くしてくれる。


 それは、一見、馬鹿げた考えに思えるが、モンスターの出現するダンジョンの存在が、妖精界の存在を示唆しているため、彩羽はダンジョンに入って、自分が妖精界の姫である確証を得ようと思った。


 しかし、そんな彩羽の前に、立場の壁が立ちはだかる。


 ダンジョンは誰でも自由に入れるわけではなかった。


 政府が内閣府に設置した『迷宮対策委員会(通称、ギルド)』に許可を貰わないと入ることができず、有名人とはいえ一般人、しかもただの小学生である彩羽には、当然許可が出ない。


 彩羽は不満の色を露わにしたが、さすがの大人たちも、全力で彩羽を止めた。


 彩羽はなおも食い下がろうとしたが、ダンジョンを安全に探索できる実力がないことも自覚していたので、いったんは引き下がる。


 そして、ダンジョン探索やダンジョン周囲の警備といった目的で許可がもらいやすい自衛隊を目指し、筋トレや護身術を学び始めた。


 しかし、風向きが変わり始めたのは、彩羽が13歳の時である。


 政府は、今まで自衛隊に任せていたダンジョン関連の業務を、ダンジョン探索のスペシャリスト、いわゆる『冒険者』に任せると発表した。


 この方針転換の理由は二つあって、一つは自衛隊の人手不足だ。


 ダンジョンの増加に伴い、自衛隊内でダンジョン関連業務へ人員を割く余裕が無くなりつつあった。そのため、専業でこの業務を担当できる人材を確保することにした。


 もう一つの理由は、『魔法』という特殊戦闘技能が求められるようになったからだ。


 ダンジョン探索が行われるようになってから、『魔法』が使えることが判明し、人々は魔法を使って、ダンジョン探索を行うようになった。


 しかしこの魔法は、軍事利用も可能な技能であったから、国連主導のもと、魔法を軍事利用しない旨の条約が作成され、日本を含む多くの国がこの条約に批准した。国際魔法協会が、この条約を批准しない国や地域には、魔法の知見を共有しないと発表したからだ。


 そのため、自衛隊隊員が魔法を習得することは、この条約に抵触するおそれがあり、そういった観点からも、専業で魔法が使える人材が必要になった。


 この発表を聞いた瞬間、彩羽は冒険者になる決意を固める。


 しかし、そんな彩羽に年齢の壁が立ちはだかった。


 政府は『冒険者』になるのに必要な『冒険者免許』の取得可能年齢を20歳以上に設定したのだ。


 彩羽は、その決定に不満を抱き、テレビのワイドショーでお気持ちを表明する。


「私も早くダンジョンに行きたいので、あと7年も待てません。なので皆さん、取得可能年齢の引き下げにご協力ください」


 夜美ちゃんが行く必要はないとの意見もあったが、夜美ちゃんのお願いを叶えてあげたいとの意見も多数あり、取得可能年齢の引き下げを求める世論が形成された。


 そして、彩羽の影響力を無視できなかった政府が折れた結果、表向きは自衛隊も15歳から入隊できるという理由で、15歳以上の免許取得が可能になった。20歳未満の冒険者は20歳以上の冒険者の帯同が必須という条件はついたが。


 それでも、免許を取得しやすくなったことで、がぜんやる気が出てきた彩羽は、多くのスペシャリストを集め、冒険者になるためのエリート教育を受けた(これが、後のエリートプログラムに繋がる)。


 15歳になると、すぐに免許を取得し、その足で『ゴブリンの巣窟』へ向かった。


 そこで、ゴブリンというかモンスターですら自分にひれ伏すさまを見て、彩羽は自分が『妖精界の姫』である確信を得た。


 と同時に、妖精界の存在も確信し、ダンジョンを攻略した先にそれが存在すると思った。


 だから彩羽は、今日もダンジョンに入る。自分が本来いるべき場所がダンジョンを攻略した先にあることを信じて。


 ――そして、約5年の月日が経ち、あるダンジョンにて、彩羽は壁にはまって動けなくなっていた。



*ダンジョン関連の設定は後日修正するかもしれません(2023/11/15)

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