第43話 白衣の勇者、できる

 ――月曜日の夜。


 疲れた顔の英雄の前に、苦い表情の翔琉が座る。二人は、終業後、近くのファミレスで会うことにしていた。


「すみません、こんなときにお誘いしてしまって」


「ん。いいよ、べつに。翔琉のせいじゃないし」


 今日は英雄にとってヘビーな出来事があった。しかしそれは、また別の話である。


「で、話って何?」


「はい。あ、まずは土曜日ありがとうございました」


「いや、こちらこそありがとう。あと、優月さんにも俺がお礼を伝えておいて。妹の件もありがとうございますって」


「妹の件?」


「うん。ダンジョンドットコムって、海外からもある程度アクセスがあって、海外向けの英語版サイトもあるんだって。そこに妹を探している情報を載せてくれるって話になってね。どうやら上司に掛け合ってくれたらしい」


「え、ゆづ姉がそんなことをしてくれたんですか?」


 翔琉は驚きを隠せない様子で言った。翔琉にとっては、信じがたい行動らしい。


「うん」


「へぇ、あのゆづ姉が……。そうだ。なら、記事がアップできたら、三人でまたどこかに出かけませんか? まぁ、軽い打ち上げ的な」


「そうだな。いいと思うよ」


「それじゃあ、ゆづ姉にも聞いておきますね。それで、今日、お話ししたいことについてなんですけど、僕、自分のキャラを決めました」


「お、どんなキャラにするの?」


「子分キャラです」


「……一応、確認なんだけど、子分キャラってどんなキャラ?」


「はい。男の先輩や上司を『兄貴』とか呼ぶキャラですね」


「……なるほど。ちなみに、誰の子分になるつもりなの?」


「英雄さんですね」


「いやいや、それは無理があるって。だって、俺に親分要素無いし」


「ちゃんとありますよ。魔法のこととか、スライムのこととか、いろいろ教えてくれたじゃないですか。あれだけで、親分、いや、兄貴と呼ぶに値します」


「うーん。でも、あれって動画に出ないからさ。多分、視聴者が見たとき、わからないと思うんだよね」


「なら、プライベートで仲が良いから、そう呼ぶようになったと言えばいいんですよ。

 いいですか、英雄さん。僕たちのグループには若い女性のファンが少ないです。だから、若い女性のファンを獲得するためには、僕と英雄さんがイチャイチャするしかないんです。

 そして、そのイチャイチャというのは、必ずしも肉体的な距離感だけではなく、精神的な距離感も含まれていて、僕が子分キャラになることで、その精神的な距離の近さを表現できるんです」


「……そうなの?」


「はい」


 翔琉はキラキラすらような笑みを浮かべて言った。


 英雄は考える。若い女性のファンを獲得はしたいのは英雄も一緒だ。しかし、その方法が翔琉とのイチャイチャであることは未だに懐疑的である。


 それでも、若い女性ファンである優月の要望があったし、啓子に相談してみたら、好感触だったことから、一定の需要があることは間違いないのだろう。


 ただ、やはり、翔琉とのイチャイチャは……。


 英雄が答えを出しあぐねていると、翔琉は眉尻を下げて、言った。


「僕に、『兄貴』と呼ばれるのは嫌な感じですかね」


「いや、そんなことはないけど。でも、どうなんだろうね。子分キャラって。語尾が特徴的な印象があるけど」


「例えば、何ですか?」


「そうだなぁ。~でやんす、とか。~でげす、とか」


「なら、そういった語尾で話すようにします。なので、考えてみてください」


 翔琉に真摯な瞳で見つめられ――英雄は折れた。


 正直、どれほどの効果があるのかはわからないが、翔琉も乗り気みたいだし、試してみること自体は悪くない。


 その経験が、翔琉の、いや、Elementsの、ひいてはあの事務所の成長に繋がっていくんだと思う。


 それに、翔琉なら、妹も許してくれるだろう。だって翔琉は、あくまでも、『子分』なのだから。


「……わかったよ。なら、一応啓子さんに相談はしてみる。それで、OKがもらえたら、子分キャラでいこう」


「ありがとうございます!」と翔琉は眉を開いた。


 想像以上に嬉しそうだから、英雄も自然と笑みがこぼれる。


「それじゃあ、改めて、これからよろしくお願いするでげす。兄貴!」


「いや、語尾は普通で良い」


 英雄は新しくできた子分に呆れつつ、悪い気はしなかった。


 そして、翔琉の兄貴呼びでひと悶着が起きるが、それもまた別の話である。

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