第40話 白衣の勇者、準備する
「……えっ?」と驚く翔琉。
「……私ですか?」と優月も驚く。
「はい。あ、でも無理にとは言いませんよ。俺が優月さんにマッサージをしたい理由は二つあります。一つ目の理由は、翔琉にマッサージのやり方を見て欲しいからですね。そして、優月さんに今日のお礼をしたいというのが二つ目の理由です。
翔琉にマッサージのやり方を見て欲しいって理由なんですけど、俺は基本的に、人にモノを教えるときは、まず、俺がやってみせることにしています。それを見て、やることのイメージを固めて欲しいからですね。そして今、俺が翔琉にマッサージのやり方を見せるとしたら、優月さんにやるしかない。
次に、優月さんにお礼がしたいって話なんですけど、わざわざ休日に来ていただいたので、何かしらのお礼はしたいと思っています。それで、今回やるスライム・ジェルを使ったマッサージって、多分、まだ誰も知らないんですよね。つまり、世界初のマッサージなわけで、それは記事のネタになるんじゃないかなと思っています。なので、記事のネタを提供しつつ、日々の疲れを癒していただけたらと思い、提案したんでした。
もちろん、女性の体に触ることになるので、無理にとは言いません。あと、するにしてもふくらはぎと腕とかにしたいと考えています。そこは、優月さんの意思を尊重します」
「あ、あの、英雄さん」と翔琉。「最初から僕にすれば、良くないですか?」
「まぁ、それでもいいんだけど、多分、それどころじゃなくなるよ」
「え、どういうことですか?」
「気持ちよすぎて気絶する」
「気持ちよすぎて気絶する!?」
「まぁ、気絶は言い過ぎかもしれないけど、途中で眠っちゃうだろうね」
「そんなマッサージが……」
翔琉は困惑する。英雄の言うことが信じられない様子。英雄は、それも仕方がないことだと思った。英雄も、最初にこのマッサージを教えてもらったとき、マッサージで気絶することがあるなんて知らなかった。
「ゆ、ゆづ姉はどう思う?」
「え、あ、うーん」と優月も困っていた。が、英雄が持っている瓶を眺め、英雄に視線を移す。「本当に、それを使ってマッサージをした人はいないんですか?」
「はい。文献を見た感じは無いですね。ただ、表には出ていないだけで、実はいるのかもしれないんですけど。というのも、俺は行方不明になっていた10年の記憶が無いんですけど、さっき、この『スライムの体液』を見たときに、これを使って、誰かにマッサージをしていたことはおぼろげに思い出しました。だから、それが誰かはわかりませんが、マッサージを受けた人はいると思います。ただ、記事になるのは初めてで、そういう意味では世界初です」
「……なるほど。それは危険なんですか?」
「そんなことはないです。マッサージのやり方もちゃんとした人に教えてもらった記憶がありますし」
「そうですか」
優月は数分の逡巡の後、決意を固めた様子で頷く。
「わかりました。なら、お願いします」
「ゆづ姉、本気!?」
「うん。まぁ、『世界初』のマッサージにはちょっと興味がある。それに、八源さんにはできることがあるなら協力すると言いましたからね」
優月が微笑みかけると、英雄は頷いた。
「ありがとうございます。じゃあ、準備しますか」
英雄は風魔法の【かまいたち】を発動し、辺りの木々を切断すると、ついでに使いやすい大きさに加工する。闇魔法の【念力】でその木々を使って骨組みを作り、土魔法の【土蜘蛛】で土を被せて形を整える。すると約3分ほどで土壁の立方体ができ、入口に木製の引き戸を付ければ、簡易的な小屋に変わる。
その過程を、翔琉は感心したように、優月は唖然としながら眺めた。
完成した小屋の扉を開け、英雄は中へ手招く。
「さぁ、中に入って」
翔琉が歩き出そうとしたところで、優月がその手首を掴む。
「ちょ、翔琉。あの人、何者なの?」
「え、僕のマネージャーだけど」
「いや、そうじゃなくて、いろいろと凄すぎない?」
「まぁ、それは、うん。でも、そのうち慣れるよ。ってか、今更じゃない?」
「えぇ……」
「それより、ゆづ姉こそ、本当にいいの? マッサージだなんて」
「べつにやましいことをするわけじゃないし、大丈夫よ」
「まぁ、そうかもしれないけど。でも……」
「どうかしましたか?」と英雄が中を顔を出す。
「あ、いや、何でもないです!」と言って、優月がそのまま翔琉の手を引いて、小屋の中に入った。
小屋の中は、天井に空いた小さな穴から、光が少し差し込んでいる程度で、少し薄暗かった。土でできたベッドがあり、英雄はそこにどこからともなく取り出したシーツを広げていた。
「そのシーツはどこから?」
優月の質問に、「……まぁ、それはいいじゃないですか」と英雄は笑って誤魔化す。
優月は困惑しながら、カメラで内部を撮影しようとする。
「あ、撮影はいいですけど、これは記事にしないで貰えると嬉しいです」
「……わかりました」
優月の撮影が一通り終わったところで、英雄は声を掛ける。
「すみません。装備を外して、AUウェア(Adventurer's Underwear)だけになってもらうことってできますか? そのままだとマッサージしにくいので。あ、もしもタオルをお使いになるなら、どうぞ」
「ありがとうございます」
英雄はどこからともなく取り出したバスタオルを優月に渡し、背を向ける。翔琉もそれに倣って、背を向けた。
AUウェアは、冒険者が着用を義務付けられている下着のことで、見た目はコンプレッションウェアに似ている。伸縮性があり、高い強度と高い撥水性を有する特殊な素材でできており、このAUウェアを着るだけでも、英雄の見立てだと、物理が1上がる。ちなみに、普通の下着だと0だ。AUウェアには様々なタイプがあるが、一般的には上下分離式のAUウェアを着る人が多く、英雄も半袖とロングパンツ型のAUウェアを着用している。
「あ、あの準備ができました」
振り返ると、優月が恥ずかしそうに微笑む。優月はバスタオルで体を隠し、膝下からは白い素足が見えた。彼女は、ハーフパンツ型のAUウェアを着用しているようだ。
「それじゃあ、ベッドに座ってもらって」
「はい」
優月がベッドに座る。
「それじゃあ、腕とふくらはぎ、どちらがいいですか?」
「それなんですけど、腰とかでもいいですかね? 記事にすることを考えると、腕やふくらはぎじゃ弱いかなって」
「腰かぁ」
「駄目ですか?」
「……いや、駄目ってことはないんですけど、順番的には手足をやってからの方が良い気はします。が、まぁ、いいでしょう。優月さんがそれでもいいなら、俺はいいですよ」
「私もそれほど順番とかにこだわりがあるわけじゃないんで、八源さんが大丈夫なら、腰でお願いします」
「わかりました。それじゃあ、髪にスライム・ジェルがついちゃうかもなんで、これを使って、髪をまとめてもらってもいいですか?」
英雄は、ヘアピンとヘアゴムを優月に渡す。
「……準備が良いんですね」
「まぁ、何があってもいいように準備はしていますからね」
「ふーん」
優月に後ろ髪をまとめてもらい、準備ができたところで英雄は続ける。
「それでは申し訳ないんですけど、タオルを下に敷いて、うつぶせになってもらってもいいですか? あ、翔琉。俺、背を向けておくから、優月さんのAUウェアを隠すようにタオルを掛けてあげて」
「は、はい!」
英雄は何枚かタオルを渡し、翔琉からの合図を待った。
「あの、できました」
「ありがとう」
振り返ると、うつぶせになった優月の肩甲骨と臀部を隠すようにタオルが掛けてあった。優月はブラジャー型とハーフパンツ型の黒いAUウェアを着用しているのだろう。本来なら、全身を覆うようなウェアの着用が推奨されているのだが、今日は危険度Dの場所しか行かないと伝えてあったので、動きやすいAUウェアを選択したと思われる。
英雄的にも、直接肌に塗った方がジェルの効果を実感してもらいやすいので、露出が多い恰好は助かった。
「それじゃあ始めますね」
そして、英雄によるスライム・ジェルを使ったマッサージが始まる――。
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