第38話 白衣の勇者、さらに思いつく

 ――調査を始めて約一時間。


「あ、『スライムの体液』が無くなりました」と翔琉は空になった瓶を見せる。


「翔琉。そこ入っていた体液を使って、何回、毒物の有無を調査した?」


「えっと」と言って、翔琉はノートを見返す。しっかりメモしていたようだ。「12回、いや、最初に英雄さんが試していたのも含めると14回ですね」


「なるほどねぇ」


 異世界の場合だと、先ほどの瓶に入っているくらいの量なら、30回くらいは使えた。しかし、その回数が減っているのは異世界との違いか。また、異世界だと反応が起きなくなっても、体液自体は残り続けたが、このダンジョンでは消えている。それもまた、異世界との違いだろう。


「んじゃ、またスライムを見つけて、体液を入手しよう」


 そして、四匹目のスライムを倒した際に、『スライムの体液』を入手。それを使って、翔琉は調査に戻った。


 イキイキとした表情で調査する翔琉を、英雄は微笑ましく思った。この調査によって、翔琉のパーソナルな部分が徐々にわかってくる。絵麻は親睦を深めるべきだと言っていたが、その通りだと思う。


「あの八源さん」と優月が隣に立つ。「今日は本当にありがとうございます。翔琉の協力もあって、良い記事が書けそうです」


「いえ、こちらこそありがとうございます。記事、期待していますよ」


「は、はい。頑張ります!」と優月は胸の前で小さく手を握った。


 英雄は微笑む。今回の記事が広がることで、ダンジョンにおける事故の発生率が少しでも下がったなら、教えた甲斐があったというもの。また、今回は、毒物全般に対して敏感な反応を示すスライムを使ったが、スライムの種類によって、この反応も変わってくる。そういった違いを知っていく中で、この世界の住人が、ダンジョンなどに関する知識を深めていってくれることを願う。


(ただ、この記事が広がることで、スライム狩りが始まるかもな)


 しかし、スライム狩りによる、スライムの絶滅はそれほど危惧していない。ダンジョン内のモンスターを全滅させても、一定時間後に復活するとの報告があったからだ。しかもそれは、複数のダンジョンで確認されている。逆に復活しなかった報告は一つも無かったので、モンスターの復活はどのダンジョンでも共通の現象だと認識している。とはいえ、復活しない例も出てくるかもしれないし、資源の活用的なところは、この世界の人間の経験と良心に賭けるしかない。


 そんなことを考えていると、優月から声を掛けられる。


「あ、あの。八源さん」


「はい。何でしょう?」


「事務所での翔琉の様子はどうですか?」


「楽しそうにやっていますよ。周りを見ながら動いてくれるので、俺も助かっていますよ。異性が多く、いろいろと大変でしょうに」


「まぁ、異性の扱いは手慣れたものだと思いますよ。小さい頃から、父が単身赴任で、母と姉三人の女所帯みたいなところで生活していたので」


「なるほど。納得です」


 翔琉がカフェで見せた感じは、家庭環境があってこそか。


「そういえば、ディーバーになったのは優月さんの勧めがあったとか」


「はい。そうです。翔琉に冒険者になりたいと言われた時、翔琉のビジュなら、絶対にディーバーになった方がいいと思って。まぁ、ああいうグループになるとは思いませんでしたけど。ただ、着実にファンも増えているみたいだし、勧めて良かったなと思っています」


「そうでしたか。優月さんの慧眼に感謝ですね」


「いやぁ、慧眼だなんてそんな」と優月ははにかみながら答え、翔琉を眺めて目を細める。「正直、翔琉が冒険者になりたいと言ってくれたとき、私はめちゃくちゃ嬉しかったんです。翔琉がサッカーをしていたのはご存じですか?」


「はい」


「あれは長女の影響なんです。だから私は、ちょっと長女に嫉妬したりして。だって、姉妹の中で一番翔琉と仲良くしていたのは、私ですから。サッカーの応援だって、一番いったのは私ですからね。でも、今、こうして一緒にダンジョンを探索していると、私を選んでくれた気がして、嬉しくなります」


「……いいですね。俺も、早く妹と再会して、そんな気持ちになりたいです」


「……ああ、そうか。もしよろしかったら、妹さんのこともうちで記事にしましょうか?」


「そうですね。機会があったら、ぜひ」


「あの」と英雄と優月が話し込んでいたら、やや不機嫌な顔の翔琉がそばに立っていた。


「お喋りばかりしていないので、二人も手を動かしましょうよ」


「ああ、そうだな。すまん。すまん。とはいえ、『スライムの体液』は一つしかないから、お姉さんと俺の分も探さなきゃ。翔琉、しばらく一人でも大丈夫?」


「はい!」


「んじゃ、この辺で調査してて。すぐに戻ってくる!」


 この一帯なら、翔琉を一人にしても問題ない。


「了解です!」


 そして英雄は、優月と二人でスライムを探す。


(ってか、二人になったな)


 場の空気を保つため、英雄は話しかける。


「優月さんは、どうして冒険者になったんですか?」


「そうですねぇ。まぁ、前から興味はあったんですけど、やろうと思ったのは、大学の友達に誘われたからですかね。冒険者のサークルがあって」


「え、サークル活動でダンジョンに入るんですか?」


「はい。あ、でも、ガチでやっているわけではなくて、結構ゆるい感じでしたよ。危険度がDのところにしかいかないし。と言っても、たまに危険度Cの場所に挑戦したりもしましたが」


「なるほど。じゃあ、今の会社に入ったのもその流れで?」


「そうですね。冒険者に誘ってくれた友達とインターンに行って、それで半年くらい働いていたら、そのまま採用になった感じです」


「なるほど。どれくらい働かれているんですか?」


「正社員としては、半年? くらいですかね。と言っても、インターンや内定バイトも含めれば、二年くらい働いていますけど」


「へぇ」


 ちゃんと就活をしたことが無いので、インターンとか内定バイトとかよくわらなかったが、わかっている風に頷く。


「そういえば」と優月が思い出したように言う。「最近、翔琉が元気ないように見えるんですけど、何かご存じないですか?」


「あ、それは……」


 理由は知っている。が、それを優月に伝えてもいいものか悩んだ。しかし、身内である優月に相談すれば、何か新しい一面がわかるかもしれないので、翔琉には申し訳ないが、伝えることにした。


「あの、これは絶対、翔琉には言わないでくださいね?」


「はい」


「実は翔琉。自分のキャラに悩んでいるようです」


「え、キャラに?」


「はい。水曜日の配信でも、目立たてなかったことを気にしているようでして」


「へぇ。翔琉は、そこにいるだけで尊いのに」


 優月の溺愛ぶりに英雄は苦笑する。


「まぁ、本人は納得していないみたいです。お姉さんから見て、何か翔琉に似合うキャラとかはありますか?」


「うーん。キャラ、と言われると難しいですねぇ。どんな翔琉でも私は愛せますから」


「……なるほど。じゃあ、こういう翔琉を見てみたい! とかありますか?」


「そうですねぇ。男の子とイチャイチャする翔琉は見てみたいですね」


「……BLってことですか?」


「ち、違いますよ。そういうのではなくて、部室感と言いますか、学校の教室で友達とふざけ合っている感じですかね。私は、中高が女子校で大学も女子大だったから、うまく伝えることができないんですけど、サッカーの応援で、得点が決まったり、勝った時に友達とはしゃぐ翔琉を見て、エモさを感じていたんです。だから、そんな翔琉をずっと見ていたいなって」


「ふぅん。そういう感じですか。でも、うちのグループに男なんていないですよ」


「八源さんがいるじゃないですか」


 ずいっと距離を詰められ、その圧に八源は後退する。


「俺ですか? いや、需要がないんじゃ」


「そんなことないですよ! 翔琉と八源さんがイチャイチャしていたら、エモすぎて、若い女の子もファンも増えますよ」


「え、そうなんですか!?」


 若い女の子のファンが増えるのだとしたら、英雄にとっても悪い話ではない。今のElementsには若い女性のファンが不足している。その方法が自分と翔琉のイチャイチャであることは疑問だが。


(というか、本当にそんなので増えるの?)


 しかし、ターゲットにしたい若い女性の意見なのだから、一考の余地はあるだろう。


「翔琉が、八源さんにマッサージするとかどうですか?」


「え、何でですか?」


「翔琉は、昔から長女にマッサージをやらされてきたから、マッサージがうまいんですよ。私もたまにやってもらいます。で、それが友達にも好評らしく、それを見たかったなって」


「つまり、翔琉のマッサージをする姿が見たいってことですか?」


「まぁ、マッサージをする姿というよりは、それで八源さんとふざけあっているところが見たいというか」


「……なるほど」


 何が良いのかさっぱりわからないが、今の時代の若い女性はそういうものなのかもしれない。そもそも10年前だって、女性の感性が理解できなかったのだから、優月の意見は参考になる……はず。


(そういえば、そんなドラマがあったな)


 おっさんがイチャイチャしているドラマを数日前に見た。人気のドラマみたいだったので、世の中的にもそういった需要が生まれつつあるのかもしれない。


(でも、あれってBLじゃ……。まぁ、いいか)


 程度の差はあれど、需要があることには変わりない。


「あ、スライム」


 英雄はスライムを見つけ、【雑魚爆破】で瞬殺する。体液は――落ちていなかった。


「今のも八源さんが?」


「はい」


「どうやったんですか?」


「まぁ、それはいいじゃないですか」


 英雄は笑ってごまかし、次の獲物を探す。優月は困惑しながら、その隣を歩いた。


(マッサージかぁ。マッサージねぇ)


 優月には『スライム毒物反応』のことについて記事にしてもらうし、彼女が望むなら、その願いを叶えたい気持ちはある。


(でも、マッサージしているだけの動画とか面白いのかな?)


 そのとき、英雄は二体のスライムの気配を察し、一瞬で爆殺する。驚く優月。そして英雄は、アイテム化した『スライムの体液』を見つける。


「せっかくですし、優月さんが入れてみますか?」


「え、いいんですか?」


 優月に空瓶を渡すと、優月はそばに歩み寄って、スライムの体液を突っつく。


「プルプルだ~」


 その横顔を見て――英雄は閃いた。

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