第36話 白衣の勇者、紹介する①
――土曜日。
英雄は八王子にあるダンジョン『山八』の前で翔琉と翔琉の姉を待っていた。このダンジョンは八王子にある山野型のダンジョンであることから、『山八』と呼ばれている。入口自体は洞穴になっているが、穴の先に目的のダンジョンがある。
翔琉に姉の紹介をお願いしたところ、すぐに紹介してもらえることになった。
翔琉の気配を感じたので、目を向ける。翔琉が歩いてきたので、すかさず視診した。
・レベル : 17 (17)
・体力 : 1198/1201
・魔力 : 173/173
・物理 : 201 (219)
・魔法 : 166 (184)
* ()は装備を加味した値
昨日とほぼ同じ数値。体調に問題は無さそうだ。
隣に、『冒険者の基本セット』を装備している女性がいた。皮の胸を当てを装備して、緑のマントを羽織っている。英雄は、その女性も視診する。
・レベル : 14 (14)
・体力 : 1008/1013
・魔力 : 151/151
・物理 : 171 (176)
・魔法 : 144 (149)
* ()は装備を加味した値
可もなく不可もなく。最近わかったことだが、彼女くらいのステータスがこの世界の冒険者の平均らしい。
「お疲れ様です。お待たせしました」と翔琉。
「大丈夫。俺も今来たところだから」
英雄は女性に目を向ける。目が合ったので、軽く一礼した。
「はじめまして。翔琉君の担当マネージャーの八源英雄です」
「翔琉の姉の
「そうでしたか。恥ずかしいところを聞かれていないといいんですが」
「素晴らしい人だと聞いていますよ」
「なら、良かったです。それより、今日は急なお願いにもかかわらず、ご足労いただき、ありがとうございます」
「いえ、私もそろそろ記事を書かなきゃいけなかったので、むしろ、ネタを提供していただき、ありがとうございますって感じです」
優月が微笑む。レンズの大きな黒縁眼鏡を掛けているが、鼻筋が通り、顔も小さい美人だった。そして、黒い長髪のインナーカラーに気づく。
「あ、もしかしてその髪の色」
「気づきましたか」と優月は恥ずかしそうに緑色のインナーカラーに触れる。「その、推しの色です」
隣の翔琉がむず痒そうに頬を染めた。英雄はにやけ面で言う。
「良かったな。翔琉」
「まぁ、はい」
「そうだ。翔琉も、今日はありがとうね」
「はい。僕も英雄さんの話に興味があるので」
「そうか。それじゃあ、早速行きましょうか」
英雄が歩き出そうとしたら、「あ、あの」と優月が声を掛ける。「その格好で行かれるんですか?」
「はい。そうですよ」と英雄は白衣を見せつける。「これで行きます」
「え、でも」
「大丈夫だよ、ゆづ姉。これが英雄さんの正装だから」
「そう、なんだ」
懐疑的な優月を引き連れ、三人はダンジョンに入った。
――『山八』の出入り口付近エリア。
100メートルほどのトンネルを抜けると、森が現れる。このダンジョンは、入口から遠ざかるほど、危険度が上がっていく。危険度は最高でB。すでにボスは討伐済みだが、再出現の報告例もある。
しかし、今回は奥まで行くつもりはない。
英雄は、入り口付近で立ち止まると、二人に向き直った。
「今回、お姉さんに記事にしていただきたいのは、ダンジョンで入手できるアイテム、とくに食材にできそうなものが、毒物かどうかを見分ける方法についてです。
現状、ダンジョンで入手できた食材が、毒物かどうかを見分ける方法って、誰かが試した結果で判断するか、自分で安全かどうか判断するしかないじゃないですか?
ただ、それらのやり方にも問題はあって、前者に関しては、情報を集めるのが大変だし、そもそも試したい食材に関する情報が無い可能性だってある。
また、後者に関しても、経験が無いと難しい。だから、より簡単な方法を見つけたので、それを紹介したいと思います」
「はい」
「で、記事にする際、一つお願いしたいことがあるのですが、この方法は、『ダンジョン博士』を名乗る謎の人物から教えてもらったということにして欲しいんですけど、いいですか?」
「なるほど。それは、どうしてですか? あ、いや、匿名で書くこと自体はいいんですけど、何か理由があるのかな? と思いまして」
「今回の方法だと、あるモンスターを利用するんで、それがモンスター愛護団体からの怒りを買うかもしれないからですね。と言っても、そういった団体は、今、元気がないみたいですが」
日本に限った話ではないのだが、ダンジョン探索動画が広まり始めると、モンスターを倒すことに否定的な団体が出現した。それがモンスター愛護団体である。彼らの登場により、モンスター愛護について議論され始めていたが、欧州の過激派モンスター愛護団体がダンジョンを占拠して立てこもった際、モンスターに襲われて全滅したことから、最近は下火になっている。
しかし、こういったことは、また再燃するとも限らないので、できるだけ慎重に扱うことにした。
「そういう理由でしたか。わかりました。まぁ、確かにその辺はいろいろと大変ですからね」と優月は苦笑する。
「何か迷惑が掛かりそうになったときは、俺に言ってください。何ができるかはわかりませんが、何かしたいと思います」
「承知しました」
「んじゃ、まず、食材というか、アイテムを探しますか。と言っても、すでに見つけたんですけど」
英雄は日当たりのよい場所に群生していた野草を抜く。野草などは、高確率で『アイテム化』するらしく、その野草も水で洗ったかのようなきれいな状態で英雄の手に収まった。
「これが何かご存じですか?」
「『メイキュウタンポポ』ですよね」と優月は愚問だと言いたげに答える。「タンポポのような見た目からそう呼ばれています」
「そうです」
ちなみに少し前までは、『メイキュウタンポポモドキ』と呼ばれていた。見た目は似ているが、系統的に既存のタンポポと同種であるかの判定が難しかったからだ。しかしそういう種が多いため、『メイキュウ』に『モドキ』の意を内包させることで、モドキは省くようになった。
「じゃあ、もう一個」と言って、英雄は木の根元に生えていた赤いキノコを抜き、アイテム化したそれを二人に見せる。「翔琉。これは何?」
「『メイキュウベニテングダケ』です」
「その通り! ちなみに、この二つのアイテムというか食材が毒物かどうかはわかる?」
「はい。『メイキュウタンポポ』の方は食べられますけど、『メイキュウベニテングダケ』の方は食べられません」
「そうだ。でもその判別は、翔琉がその知識を持っていたからこそ、できたことだ。んじゃ、無いときにどうしたらいいかって話なんだけど――スライムを使う」
「スライム、ですか?」
「ああ。まぁ、百聞は一見に如かずってことで、まずはスライムを探そう」
そして、数分でスライムを見つける。木の下に水溜りのようなスライムがいた。危険度Dのダンジョンに出現する『スライム』だ。三人はスライムに近づき、スライムの表面がぶるぶる震えだしたところで近寄るのを止める。警戒の合図だ。距離にして2メートルくらいか。危険度Dの雑魚スライムならかなり近づける。
「それじゃあ、優月さん。今から俺は、この食材をあのスライムに与えてみます。そのときの様子を動画で撮影してください」
「わかりました」
優月は一眼レフのカメラを構える。
「んじゃ、いきますよ」と言って、英雄は二つの食材をスライムに向かって、投げた。食材はスライムに乗っかると、ずぶずぶ沈んでいく。
そして、変化があったのは、数分後だった。
「あっ」と翔琉が声を上げる。「キノコを吐き出した」
翔琉の言う通り、キノコが表面まで上がってきて、外部に排出された。
「本当だ」と優月。
「今の撮影した動画を見返すことってできますか?」
「あ、はい」とカメラの画面を見せる。「小さくて申し訳ないですけど」
「いや、十分です」
英雄は優月の背後から画面をのぞき込み、翔琉も背後に立って覗き込む。
「きれいな動画。これって、拡大とかってできるもんなんですか?」
「はい。できます」
「それじゃあ、キノコがスライムの表面まで上ってくるところを拡大してください。そこを見て、気づくことはありませんか?」
「……キノコが膜みたいなもので覆われている」と優月。
「そうです。スライムには、毒と判断した物質を体外に排出するために毒物を特殊な膜で覆って、体外に排出機能があるんですよ。俺はこの機能を『スライム毒物反応』と呼んでいます。そして、この方法を使えば、安全に毒物かどうかが見分けられるようになる」
「へぇ」と優月は感心する。「これって本当に誰も見つけていないんですか?」
「はい。俺も誰か見つけているだろうと思って調べてみたんですけど、まだ知られていないみたいです。近いのだと、食性の調査とかはあったんですが。でも、まぁ、発見ってそういうもんじゃないですか? それに、皆が皆、ダンジョンに興味をもつわけじゃないし、探索ができる肉体的な能力も求められるので、こういった発想のできる人がいなかったのかもしれません」
「なるほど」
「あの、すみません」と翔琉。思案顔で顔を上げる。
「どうした?」
「これって、スライムがいないとできないんですよね? それに、スライムが毒物じゃないと判断したからと言って、人間にとっては毒物の可能性もありますよね?」
英雄はにやりと笑う。翔琉の指摘に関しては、すでに準備ができている。
「さすがだ、翔琉。それじゃあ、前者の質問から答えよう――」
*スライムの設定は後日修正するかもしれません(2023/11/08)
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