第35話 白衣の勇者、提案する

 ――金曜日。


 英雄は事務所の部屋で両脇を絵麻と一花にホールドされていた。


 カフェで作業していたのだが、カフェにやってきた二人に捕まり、そのまま部屋へ連行された。


 昨日の一件で、カフェが安住の地ではなくなったことを知り、悲しみを覚える。


「とりあえず、両腕を放してもらっても良いかな?」


「そう言って、逃げるつもりでしょ?」


「逃げないよ」


「でも、昨日逃げたじゃん」


「逃げてないよ。ただ、用事があっただけだから」


「そうだよ。マネージャーが逃げたせいで、絵麻がずっと不機嫌だったんだから」


「はぁ? べつに不機嫌になんかなってないし」


 英雄は啓子に目を向ける。啓子は気難しい顔でモニターを眺めていた。あれほど距離感に気を付けろと言っていたが、一花も加わったことで諦めたらしい。外では絶対にくっつかないことを条件に、口を出さなくなった。


(早く翔琉、来ないかなぁ)


 昨日思いついたアイデアについて話したいのだが、今日は学校での用事があるらしく、到着が遅れている。


(そうだ。折角だし、仕事するか)


 このままダラダラ駄弁るくらいなら、少しでもためになることをしようと思った。


「そういえばさ、二人は目標にしているディーバーとか、好きなディーバーとかいるの? 今後の参考にしたいから、いたら教えて」


「うーん。好きなディーバーは夜美やみちゃんかな!」


「あー。あたしも夜美ちゃん、好き」


「夜美ちゃんかぁ」


 英雄も夜美のことは知っていた。トップオブトップのディーバーであり、チャンネルの登録者が、海外のファンも含め、1億人を超えている実力者だ。現役女子大生で、絶世の美女と呼ばれるほどの美貌を持ちながら、冒険者としてのレベルも高い。


「目標にはしないの?」


「無理無理。次元が違うわ」


「そうだよ。あたしたちじゃ、手も届かないような場所にいる」


「ふーん。やる前から諦めるんだ」


「そういうわけじゃないけど」


「ただ、ねぇ。本当にこんな人いるのって感じ? でも、実際に会ったりしたら、考えが変わるかもだけど」


「あぁ、それはあるかも。うちの事務所の力で何とか会えないの?」


「無理なんじゃない? できるなら、俺も会いたいよ」


「は? 何で?」


「下心じゃない?」


「えー。何それ、最悪なんだけど。とんだクズ野郎ね」


「まず、下心は無いし、俺がクズ野郎なんだとしたら、そのクズ野郎から手を放せよ」


 絵麻と見つめ合うこと数秒。絵麻は腕をぎゅっと抱きしめた。


 英雄は呆れながら話を続ける。


「俺が会いたい理由は、彼女が闇魔法を使っているからだよ」


 夜美の動画が人気なのは、美貌や実力だけではない。彼女の前では凶暴なモンスターもチワワになってしまうからだ。だから、モンスターの愛くるしい一面を知ることもできるため、人々は彼女の動画に魅了されている。


 しかし英雄は、その動画を見た瞬間、嫌な予感がした。彼女がモンスターを手なずけるために闇魔法を使っているからだ。


「闇魔法を使っているから会いたいの? 何で?」


「闇魔法はかなり負担が掛かるから、何かしらのトラブルを抱えているかもしれない。だから、一度診たい」


「ふーん。なら、会いに行けばいいんじゃないの?」


「まぁ、そうしたいのはやまやまなんだけど、一介のマネージャーである俺が、彼女に近づいたら、事務所間でトラブルが起きるかもしれないだろ? だから、タイミングとかはちゃんと考えたいだよね」


「なるほどねー」


「偉いぞ。よしよし」


 一花に頭を撫でられ、「あ、私もやる!」と絵麻にも撫でられる。不覚にも妹に撫でてもらった時のことを思い出し、振り払う気になれなかった。


 そのとき、翔琉が現れた。


 女子高生に頭を撫でられている英雄を見て、「えっ」と戸惑う。見てはいけないものを見てしまったかのようだ。


「待っていたぞ、翔琉!」と英雄は素早く立ち上がり、勢いで誤魔化す。「ミーティングルームを抑えているから、ちょっと二人だけで話をしようか」


「はい。まぁ、それはいいんですけど……」


「私たちも行く!」


「いや、男二人だけで話したい」


「男だけで話し合う時代じゃないよ」


「そうだ! そうだ!」


 英雄は、絵麻と一花に冷ややかな視線を送ると、文句をその背中に受けながら、翔琉とともに部屋を後にした。


 ミーティングルームへ移動した二人は向かい合って座る。


「すまんね。わざわざ」


「いえ、僕は大丈夫です。それで、お話というのは?」


「昨日の件なんだけど、まず、アジキさんの動画を見た。すごいね、あの人」


「ですよね!」


 翔琉が目を輝かせて首肯した。彼のことが好きなことがうかがえる。


「それで、いろいろ考えてみたんだけど、やっぱり、翔琉が嫌じゃなければ、ダンジョンで飯を食べる系のキャラでもいいんじゃないかな? とは思った。

 まぁ、アジキさんには申し訳ないけど、ビジュアルの部分で翔琉の方が女性人気が出そうだから、そこで差別化できる。

 あと、料理の仕方みたいなところで差別化もできるんじゃないかなとは思った。アジキさんは食材に合わせて調理法を変えたりするじゃん? だから翔琉は、やたらとオリーブオイルを使って調理をするとかさ。

 そういうやり方でやっていけば、視聴者層のすみ分けみたいなこともできるだろうし、良いと思うんだよね」


「なるほど」と翔琉は神妙な顔で頷く。「でも、アジキさんは許してくれますかね」


「正直、やったもん勝ちじゃん? こういうのは。ただ、アジキさんは結構、他のディーバーともコラボしてくれるっぽいし、そこでコラボしてもらって、翔琉の熱意みたいなものを伝えれば、理解を示してくれるんじゃないかな」


「そうですね」


「ただ、いずれにせよ、その前にやることがある。アジキさんはよく食材を毒見してるじゃん? でも、あの方法って危険だから、別の方法を広めたいだんよね。もっと安全な方法があることを思い出した。ただ、その方法っていうのが、もしかしたら非難を受けるかもしれないから、発表の仕方は工夫したい。そこで、翔琉に一つお願いがある」


「何ですか?」


 英雄は身を乗り出し、真剣な表情で翔琉を見据えた。


「俺に――お姉さんを紹介してくれないか?」

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