第34話 白衣の勇者、思いつく

 ――河川敷。


 絵麻たちを出し抜くことに成功した英雄は、翔琉とともにある河川敷に来ていた。


「絵麻ちゃんたちにはなんか悪いことをしちゃいましたね」と翔琉は申し訳なさそうに言う。


「まぁ、一日くらい大丈夫でしょ」


 英雄は事務所でのことを思い返す。


 絵麻たちを出し抜くために、まず、翔琉には英雄がカフェにいたことをグループチャットに書き込んでもらった。


 そして、二人が部屋から出た直後に部屋へ入り、啓子に事情を話す。


 直帰の許可をもらった後、グループチャットで部屋にいるとメッセージを送り、すぐに退散。


 啓子にも協力してもらい、二人が部屋へ戻ってきたタイミングで、今日は全員帰ってもいい旨の話をしてもらった。


 それでビルから出てきた翔琉と合流し、今に至る。


 啓子には、用事があって帰ったことにしてもらったから、二人に追いかけられることもも無かった。


 英雄は穏やかな気持ちで河川敷を歩く。


 青空が広がり、少し肌寒い風が吹く中、道沿いに群生する植物を眺めた。


「この黄色い花は、セイタカアワダチソウですね。北アメリカ原産の外来植物で、繁殖力が強いことから、かなり厄介者扱いされています。ただ、この花を天ぷらにして食べると美味しいんですよ」


「食べたことあんの?」


「はい。英雄さんもぜひ。あ、でも、この辺のやつは育ちすぎているので、お勧めしません」


「そんなことまでわかるんだ」


「まぁ、はい。姉と一緒にいろいろ食べましたからね」


「ふぅん。なるほど」


「あ、ここはアキノノゲシとかもありますね。これも食べられます」


「へぇ」


 嬉々としながら野草について話す翔琉を見て、英雄はある考えが浮かぶ。


「翔琉ってさ、こういうワイルドなものを食べるのが好きだったりする?」


「そうですね。嫌いではないです」


「そっか。じゃあさ、ダンジョン内に出現する野草やモンスターを食べるキャラなんてどうよ」


「あぁ、まぁ、興味はありますけど、でも、それなら先駆者がいますよ?」


「え、いるの? 誰?」


「アジキさんというディーバーなんですけど、ご存知ないですか? 上位勢なんですけど」


「あぁ、名前だけは聞いたことがある」


 上位勢は、危険度Aのダンジョンを探索できるチャンネル登録者が100万人を超えているディーバーのことだ。


 日本の上位勢は30人ほどいて、名前だけはなんとなく知っている。


 ディーバーの事務所で働いている人間なら、その30人がどんな活動をしているかぐらい覚えておくべきだろう。


 しかし、10年分の漫画、アニメ、ドラマ、映画が溜まっているので、業務時間外に仕事の勉強をする暇がなかった。


 もしかしたら、仕事をしろと思うかもしれないが、それらのコンテンツには10年分の世情が反映されているため、失われた10年を知るのに丁度良かった。


「ごめん。知らない。そういう人がいるんだね」


「はい。さっき、英雄さんが言ったような、ダンジョン内の野草やモンスターを食べたりする活動をしています。面白いんで見てください」


「わかった。でも、そっかぁ。すでにやっている人がいるのか。ただ、差別化することで、翔琉らしさを表現できるかもしれないから、とりあえず、その人の動画を見てから、判断しようかな」


「そうですね」


 ――帰宅中の電車内。


 英雄はスマホで、早速、アジキのチャンネルを開く。


「あ、この人か」


 英雄はアジキの顔は知っていた。自作の回復薬を作ったとかで記事になっていたからだ。じっくりその記事を読もうとしたのだが、啓子に作業を頼まれて、それ以降、存在を忘れていた。


 英雄は改めてアジキの顔を眺める。顎髭を生やしたワイルドな風貌の男だった。体つきはややぽっちゃりしている。


 経歴を見ると、元々は野生の動植物を食べることをライフワークにしていたようだが、ダンジョン出現後は、ダンジョンにこもってダンジョンで食材を探すようになったらしい。


 ダンジョンでは、『アイテム化』という倒した相手が食材などのアイテムになる現象があった。この現象を活用し、アジキは食材を確保しているようだった。


(『アイテム化』ねぇ……)


 異世界には無かった現象で、そのメカニズムはよくわかっていない。魔導系に関する知識は豊富だが、それ以外の知識はあまり無かった。


(まぁ、いいや。とりあえず、動画を見てみよう)


 英雄は動画を再生し、自然と見入る。何と言うか、アジキがすごい人だったからだ。


 アジキはダンジョン前に培った経験をもとに、ダンジョンで手に入る食材が毒物かどうかを判別することができた。


 あるときは臭いを嗅いで、またあるときは、少しだけかじって……。


 驚くべきはその精度で、判別はほぼ完璧だった。


(すごいな、この人)


 英雄は知識があるからこそ、毒物かどうかを判別できる。ただ、アジキのような方法で判別できるかというと、絶対にできない。だから、感心した。


 しかし同時に、不安を覚える。誰でもできる方法ではないからこそ、アジキの真似をして死亡する人が出るかもしれないからだ。


 実際、日本でも毒物を摂取したことによる死亡例が報告され、海外でも死亡例が報告されているようだ。


 だからアジキも、自分が食べることができたもの、もしくは報告例があるものだけを食べるように警告している。


 帰宅後も見続け、一通り見終わると、椅子に深く座って考えた。


 正直、アジキのやり方も最適とは言い難かった。いずれ、アジキがハズレを引いて死ぬ可能性があるし、魔導系に作用する毒物は見抜けていない。


 幸いなことに、そういった毒物に関してはお勧めしないとしていることから、何かしらの異変を感じ、多量の接種は控えているようだが、それでも、事故が起きるのは時間の問題のように思える。


(……あれをこの世界に広めるか)


 英雄は、この世界に異世界の知識を広めることに対して慎重だったが、命に関わりそうなことであるから、とりあえず一つだけ、この世界へ持ち込むことにした。


 それはあるモンスターを用いた方法で、地球のダンジョンでも使えると考えている。ダンジョンにいるモンスターが異世界のモンスターとほぼ同種だからだ。このことは、ダンジョンで遭遇したモンスターの魔力を分析した結果やモンスターのステータス、また、ダンジョンに関する様々な文献からそう判断した。とくに魔力の分析によるところが大きく、魔力の構成要素には異種間差があるのだが、その構成要素が異世界のそれとほぼ一致していた。


 しかし問題はその広め方だ。翔琉を使って紹介することも考えたが、批判が出かねないやり方なので、迷う。


(どうしようかな……)


 英雄は天井を睨んで考える。


 ポク、ポク、ポク、チーン!


 そして、閃いた。

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