第32話 白衣の勇者、相談に乗る①

 ――木曜日。


 英雄の事務所が入っているビルには、同系列の事務所や関連会社も入っていて、それらの会社が利用できる共有のカフェがあった。


 存在は知っていたものの、カフェのお洒落な空気感が苦手だったから、利用を控えていたのだが、今日は絵麻と一花が来るため、カフェで作業することにした。


 二人がいると、賑やかではあるが、仕事ができなくなるからだ。


 カフェに到着。ウッド調のおしゃ空間が英雄を迎える。コーヒーメーカーが置いてあるだけのなんちゃってカフェとは違い、ちゃんと店員がいるタイプのカフェだったから、ホットコーヒーを淹れてもらい、席を探す。


 そのとき、よく知る背中を見つけ、英雄は声を掛けた。


「よっ、翔琉。どうしたの? こんな所で」


「あ、英雄さん。お疲れ様です。ちょっと考え事をしたくて。英雄さんはどうして?」


「俺も似たようなもんかな。あいつらがいると、うるさいからさ」


「あぁ、二人とも個性的ですからね」


 翔琉は力なく笑い、視線を落とした。元気がないように見える。


「どうしたの? 何か悩み事?」


「えぇ、まぁ」


「俺で良かったら聞くけど。というか、言ってもらえると嬉しいな。一応、マネージャーだし」


 翔琉は数秒の逡巡があってから、決意したような顔で頷く。


「それじゃあ、僕の悩みを聞いていただいてもいいですか?」


「もちろん」


「その、僕のキャラについて悩んでいて、僕ってキャラが薄いですよね?」


「……そんなことないと思うけど」


「そんなことありますよ。昨日の配信だって、あまり喋れませんでしたし」


「昨日は久しぶりだったんでしょ? なら、仕方ない部分もあるんじゃないかな」


「でも、コメントとか見ていると、絵麻ちゃんや一花ちゃん、英雄さんに対するコメントが多くて、僕に対するコメントはあまりありませんでした」


「それは、まぁ、俺に関しては、ちょっとした有名人だし」


「絵麻ちゃんや一花ちゃんは?」


「……アイドル路線だから、男の視聴者が多かっただけじゃないかな」


 実際、男性のファンが多い。社長は、若い女性ファンの獲得を狙っていたみたいだが、現状、うまくいっていない。


「でも、そうなると、このグループに僕の居場所って無いですよね? 土井ちゃんが復帰したら、ますます僕の存在感は無くなっちゃいますよ」


 土井とは電話で軽く挨拶しただけだから、キャラの部分までは把握できていないが、確かに彼女の復帰で翔琉への関心は減りそうだ。


「僕がこのグループに残るためには、もっと個性が必要になるんです。でも、その方法がわからなくて」


「……なるほどなぁ」


 英雄は腕を組んで考える。キャラ付けは英雄にとって難しい問題だった。英雄は、自分のことを個性的な人間だと思っている。なぜなら、『行方不明になった』という他の人にはない特殊な経歴があるからだ。しかしそれは、偶発的に手に入れた属性であり、計算で獲得したものではない。だから、翔琉に対し、効果的なアドバイスはできなかった。


「僕ってどうしてこんなにキャラが薄いんですかね」


 英雄が言葉を探していると、「あ、翔琉君。お疲れ」と声を掛けてくる者がいた。若くてきれいな女性だった。ホルダーから判断するに、他事務所の社員だ。


「あ、高梨さん。お疲れ様です」


「昨日の配信、見たよ」


「ありがとうございます。でも、ちょっとカッコ悪かったですよね? あんまり喋れませんでしたし」


「いやいや、そんなことないよ。いつも通りカッコ良かった」


「そうですか? あ、高梨さん。もしかして髪の色、少し変えました?」


「わかる?」


「はい。似合っていますね」


「そうかな。へへっ、ありがとう。翔琉君だけだよ、そんなこと言ってくれるの。そういえばさ、由美子とかが会いたがっていたよ。また、遊びに行こうよ」


「そうですね。時間が会えば、ぜひ」


「ふふっ、楽しみしている。それじゃあ、また」


「はい」


 英雄は高梨と目が合った。英雄が軽く会釈すると、高梨も軽く会釈を返し、そのまま去って行った。


「な、なぁ、今の人は? ずいぶんと仲良さそうだったけど」


「高梨さんです。ここで勉強しているときに声を掛けられて、そこから仲良くなりました。それより英雄さん。僕、どうしたらいいですかね?」


「いや、それは――」


 そのとき、英雄の言葉を遮るように「あ、翔琉だ!」と声がした。歩み寄ってきた人物を見て、英雄はギョッとする。絶賛売り出し中のギャルタレント、よいちゃみだった。テレビに明るくない英雄もその存在は知っている。


「今日も勉強?」


「いや、今日は違う。そういえば、昨日の番組見たよ」


「あ? 見んなし。あの番組さ、うち的にはいまいちだったんだよね」


「そんなことないよ。僕は楽しめた」


 それから二人が楽しく会話を始めたので、英雄は手持無沙汰になる。そして、翔琉の手元にあるカップを見て、あることに気づく。翔琉のカップには『頑張ってください♡』とのメッセージが書いてあった。英雄は自分のカップを確認する。メッセージはない。店員に目を向けると、若い女性店員二人が、翔琉のことを見て、楽しそうに話していた。


 英雄はカップを握り潰しそうになる。


(落ち着けよ、俺)


 英雄はそう言い聞かせ、手の力を抜く。翔琉は大事なタレント。嫉妬している場合ではない。


 翔琉たちの話が終わったみたいなので、翔琉に視線を戻す。翔琉は憂いのある表情で嘆いた。


「僕、どうしたらいいですかね?」


「――嫌味かな?」


「何がですか?」


「翔琉は、すでに個性的だよ」


「そんなことないです」と翔琉はむっとする。その表情に黄色い歓声が上がった――気がする。「僕は真剣なんですからね」


 英雄は渋い顔で翔琉を見返す。翔琉のキャラはすでに確立されている。しかし、翔琉が納得していないのだとしたら、翔琉が納得するような形を示すのも自分の仕事だろう。


 英雄は考えた――。

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