第31話 アイドル系ディーバー、配信する

 ――水曜日の19:00。事務所の会議室にて、配信が始まった。


 一花、絵麻、翔琉の並びで、絵麻がカメラに微笑みかける。


「こんにちは! 今日もあなたのハートにビリビリアタック! 雷のエレメント、雷塚絵麻です!」


「今日も氷漬けにしてあげる! 氷のエレメント、氷室一花!」


「僕の風に包まれて! 風のエレメント、風間翔琉です」


「「「全員合わせて、私(僕)たち、Elements です!」」」


 いつもの挨拶があって、視聴者からの反応があった。


 :待ってた!

 :キター!

 :きたきた


「はい! ということで、皆さん、いつも応援ありがとうございます」と絵麻が進行する。「今日はあと3千人ほどで10万人を突破するということで、急遽、配信をすることにしました。いやぁ、配信が久しぶりなので、緊張しているんですけど、いつ振りだっけ?」


「最初の結成したときにやって以来じゃないかな」と一花が答える。


「あ、んじゃ、三ヵ月ぶりか。いやぁ、もう、かなり前のように感じちゃうね」


「『もっと配信して欲しい』とかのコメントがあるよ」と翔琉。


「やりたいんだけど、学校とかの兼ね合いもあるからね。ってか、今、何人くらい見てんの?」


「5千人くらい」


「5千人!? そんなに!? 皆さん、ありがとうございます。良かったら、このチャンネルを登録してください」


「ってか、5千人が登録してくれたら、もう10万人じゃない?」


「確かに」


「もう登録してくれているんじゃないかな」


「ああ、そうか」


 それから三人は、緊張した面持ちで話し続けるも、盛り上がりに欠けた。だから、カメラ外に立っている啓子に対し、救いを求めるような視線をちらちら送る。すると、啓子は英雄投入の合図を返した。


「あ、はい。それじゃあ、えっと、実は今日は、スペシャルゲストが来ています。まぁ、ゲストというか、2週間くらい前から新しく私たちの仲間になった人で、今はマネージャーとして働いてもらっています。それじゃあ、どうぞ」


 カメラ外に控えていた英雄がゆっくりとやってきて、一花と絵麻の間に座った。スーツを着用し、神妙な面持ちでカメラを見据える。


 :誰?

 :見たことあるぞ

 :行方不明になっていた人だ


 コメント欄がざわつく。


「えっと、それじゃあ自己紹介の方をお願いします」


 英雄はおもむろに立ち上がると、懐からマイクを取り出し、口を開く。


「本日はお忙しい中、ご足労いただき、ありがとうございます」


「ちょ、ちょい!」と一花が止める。「何それ、かたいかたい」


「え、記者会見じゃないの?」


「違うよ。ただの配信だから。とりあえず、座って」


「あ、そうなんだ。いや、カメラの前で話すと言ったら、記者会見くらいしか知らないからさ。何せ10年間も行方不明になっていたもんで」


「コメントし辛いよ、それ」


「ほ、ほら、ちゃんと挨拶して」


 絵麻に促され、英雄は改めてカメラを見る。そこに先までの堅苦しさは無く、やわらかい表情で口を開く。


「皆さん、こんにちわ。10年間行方不明になっていたでお馴染みの八源英雄です。今はElementsのマネージャーとして彼女たちと働いています」


「いや、全然お馴染みじゃないし」


「そうよ。ってか、ネタにしちゃいけないやつでしょ、それ」


「そうなの? この10年でこの国も変わってしまったな。浦島太郎になった気分だよ」


 英雄の登場でコメント欄が盛り上がり始めた。


 :www

 :草

 :リアル浦島w

 :10年前もダメでしょ笑

 

 英雄が砕けた調子で話し始めたことで、絵麻たちの表情にも余裕が生まれ始める。


「そんなことより、マネージャーになった理由について話さなくていいの?」


「ああ、そうだね。えっと、皆さん、ご存じかもしれませんけど、俺は今、妹を探しているのですが、SNSやテレビを活用しても見つけられていないので、ディーバーとして有名になることで、妹に見つけてもらうことにしました。で、免許とかの関係ですぐにはディーバーになれないので、今はElementsのマネージャーをしつつ、ディーバーのノウハウを学んでいるところです。もしも、妹に関する情報をお持ちの方がいたら、こちらまで連絡お願いします」


 英雄は両手で下を指さすも、絵麻は首をひねる。


「何それ?」


「え? いや、ここに俺のアカウント情報とか表示されるんでしょ?」


「されないわよ」


「え、そうなの? そういうことは先に言ってくれよ」


「むしろ、あんたが先に言いなさいよ。そしたら表示できたかもしれないのに」


「そうなんだ。配信むじーな。いや、ほら、俺、10年間も行方不明だったからさ」


「だからそれ止めて。いじりづらいって!」


 :なんか漫才が始まったw

 :いじりづらいw

 :あ、10万突破した!

 :きたー!


「10万突破した!」と一花の歓喜の声でその場が湧く。


「はい。皆、拍手」と英雄が率先して手を叩く。


「何であんたが仕切るのよ」と言いつつ、全員、拍手する。


「いやぁ、感慨深いですね。俺たちElementsがここまで来るなんて。これも、日ごろから俺たちのことを支えてくれているファンの皆さんのおかげです」


「何で初期メンバーみたいな顔をしてんの? まぁ、確かに、私たちがここまで来れたのも、皆さんの応援があってこそだけど」


「あ、そうだ。ならさ、マネージャーに何かしてもらおうよ」


「そうね。それがいいわ」


「何でだよ」


「はい。ということで、10万人を突破した記念として、マネージャーにやって欲しいことをコメントに書いてください!」


「嫌だよ。一花にやって欲しいことを書いてください!」


 続々とコメントが書かれ、コメントが凄まじい速度が流れていく。


「すごい! 皆のコメントは嬉しいけど、全然読めない」


「Elementsのグッズが欲しいとかのコメントがあるわね」


「グッズかー」


「はい。思いついた」と言って、英雄が手を挙げる。


「何?」と絵麻。


「黒Tでさ、この胸のところに『妹を探してます』って書くのはどうかな?」


「何であんたのグッズになってんのよ」


「そうよ。あたしたちのグッズの話だから」


「えー。絶対、俺の方が売れると思うけどなぁ。翔琉もそう思うでしょ?」


「う、うーん。どうですかね」


「翔琉、嘘だろ」


「いや、翔琉が正しいから」


「そうよ! 絶対に絵麻の脱ぎたての靴下の方が需要がある」


「売るわけないでしょ。馬鹿じゃないの?」


 そんな感じで、最初はかたさがあったElementsの配信も、英雄の登場で盛り上がり始め、最終的には登録者が12万人くらいになっていた。


 配信が終わると、啓子が拍手する。


「皆、良かったわ。これで、登録者が10万人以上になったし、明日からも頑張りましょう! ヒデ君もありがとう。助かったわ」


「いえいえ、仕事ですから」


「それにしても、すごい慣れていたわね」


「まぁ、記者会見ならたくさんしましたから」


「確かに、あんたは悪いことばかりしているもんね」


「だね」


「おいおい、俺を悪人みたいに言うなよ」


 配信が大成功に終わり、部屋がお祝いムードに包まれる中、一人だけ浮かない表情の者がいた。――翔琉である。

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