第29話 白衣の勇者、不安になる

 ――木曜日。


 英雄は凄まじい熱量で仕事に打ち込んでいた。今日は皆が出社するが、とくに絵麻が来ると、仕事ができなくなるので、先に終わらせてしまいたい。


(来たな)


 英雄は絵麻の気配を察し、壁掛け時計を睨む。予定より五分ほど早い。が、予定の仕事は終わっているので、余裕をもって迎えることができる。


「お疲れ!」


 絵麻が元気よく扉を開けた。


「お疲れ」


 絵麻は英雄のもとにやってくると、持っていた小さな紙袋を英雄に見せつけた。


「お菓子を持ってきたから、食べよう!」


「うん。ただ、気になったんだけど、絵麻って俺が言ったこと覚えている? 不摂生は控えた方が」


「だ、大丈夫。これ、ヴィーガン用のお菓子だから!」


「……へぇ」


 最近はヴィーガンなる概念が定着しているらしい。まだまだこの時代に対するアップデートができていないので、そういう情報は助かる。


 談笑用のソファーに座ると、絵麻が当然のように隣に座った。それからほどなくして、一花が現れる。


「お疲れ! あ、クッキー! あたしも食べて良い?」


「もちろん!」


 一花は英雄の隣に、ぴったりと体を寄せて座る。その様子に、「ん?」と絵麻の眉がかすかに動く。


「どうしたの?」


「あ、いや。一花、そんなにマネージャーと仲良かったっけ?」


「うん。仲良くなったんだよ。ねぇ、マネージャー?」


「まぁ、そうだな」


「……ふーん」


「あ、そうだ、マネージャー」と一花は紙袋を英雄に差し出した。「これ、借りた服」


「服? 一花が何でマネージャーの服を持っているの?」


「一昨日、マネージャーの家に行ったとき、借りたんだ」


「……へぇ。家に行ったんだ」


 英雄は絵麻に目を向けることができなくなった。不穏な空気を感じるからだ。


「私も誘ってくれればよかったのに。一花だけずるいなぁ」


「それはお互い様じゃないかな?」


「えっ?」


「絵麻だって、マネージャーのあれがめちゃくちゃ気持ちいいこと、あたしに秘密にしていたじゃん」


 絵麻はかぁと顔が赤くなって、英雄を睨む。


「もしかして、一花にもあれをやったの?」


「ん。と言っても、絵麻にやったやつとは違うけど」


「……サイテー」


「何でだよ。やましいことなんてしてないし」


「むぅ」


「ってか、絵麻ももっと早く教えてくれたら良かったのに。マネージャーのあれがアヘるほど気持ち良くてドはまりしたって」


 赤面した絵麻のグーパンが一花の肩を襲う!


「あ、いたっ! マネージャー! この人、あたしのことを殴った!」


「一花が変なことを言うからでしょ!」


「それでも殴るのは良くないんじゃないか?」と英雄は冷静に諫める。


「うっ、だって」


「一花も年頃の言動ってものがあるんだから、言葉遣いには気を付けて。淑女なんだろ?」


「ごめん。でも、絵麻が教えてくれなかったことに、多少のムカつきがあったからさ。絵麻もごめんね」


「わ、私も殴ってごめん」


「うんうん」と英雄は何度も頷く。「仲直りができて良かったな」


「あたしに教えてくれなかった件については?」


「それはべつに。だって、ただの治療だし」


「ふーん。ただの治療ねぇ。あたしには治療(意味深)くらいに感じだけど」


「まぁ、それはいいじゃない。代わりに、良いことを教えてあげるよ。マネージャーさ、私に興奮しないんだって」


「えー。それは嘘だよ。だって、女子高生だよ?」


「ね」


「絵麻が貧相そうだからじゃないの?」


「はぁ? 一花のよりも、お、大きいし、そんなことないと思うけど」


「でも、あたしにはテクがあるから。じゃあさ、勝負しようよ。どっちがマネージャーを興奮させるか」


「いいね!」


「いや、良くないから。普通に止めて。ってか、そろそろ啓子さんが来るから」


 しかし、絵麻と一花が両腕に抱き着いてきた。柔らかい感触と甘い匂いで、英雄は理性が吹っ飛びそうになった。だから、瞳に青い炎を灯して耐える。


「ほらほら~。どうよ? 興奮するっしょ」


「そうよ。さっさと負けを認めなさい!」


「いや、誰と誰の勝負だよ」


 英雄は呆れ顔で嘆く。一花や絵麻に慕われているのは素直に嬉しい。彼女たちの成長に期待もしている。が、先行きに不安を感じずにはいられなかった。

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