第28話 白衣の勇者、送る
一花の施術終了後、英雄は一花に渡す水を探すため、冷蔵庫の扉を開けた。そのとき、気づく。
(あ、ってか、一花が来た時点で、啓子さんに相談すればよかったのでは?)
英雄はスマホを取り出すも、角が生えた啓子の姿を想像し、ポケットにしまう。自分たちを撮る気配は無かったし、一花も帰りそうだから、余計なことを言って怒らせたくない。
(やれやれ。人に相談しろとか言えた立場じゃないな)
英雄は苦笑して、寝室に戻る。一花が毛布にくるまった状態でベッドの上に座っていた。それだけならまだいいのだが、足元に制服が散らばっている。
英雄の視線に気づき、一花は「へへっ」と笑う。
「汗で濡れちゃったから、何か服を貸して」
「まぁ、それはいいんだけど、もしかして……」
「安心してよ。下着はつけているから。見る?」
「見ない」
汗を理由に制服を脱いだということは、毛布に一花の汗が染みこんでいる可能性があるわけで、それが意味することは――洗濯物が増えたということだ。
英雄は一花にペットボトルを渡し、クローゼットから一花が着れそうな服を適当に選んで、一花の前に置いた。
「これを着て、帰って」
「そのパーカーとシャツだけで大丈夫。下はスカート履くから。それより、ピ〇ートークをしようよ♡」
「しません。そもそも、ピ〇ー要素ないし。リビングで待ってるから、それを着て、さっさと帰ろう。家まで送るからさ」
「家で二回戦?」
「するわけないでしょ。ってか、女子高生がそんなこと言うなって。んじゃ、早く着替えてね。リビングで待ってるから」
一花が着替え終わった後、一花を家まで送るために外へ出る。一花にはサングラスをしてもらい、英雄も金髪のウィッグとサングラスを着用する。
「ここまでする必要ないって。だって、あたしはまだまだ無名だよ?」
一花は不満げであったが、「でも、俺はそれなりに有名だから」と返したら、渋々サングラスを付けてくれた。正直、カメラを向けられた瞬間にそのカメラを破壊することなど容易いことだが、いちいち面倒なので、変装してもらっている。
肌寒い夜の街を歩いていると、一花は言った。
「マネージャー。あたし、絵麻がマネージャーに夢中な理由が分かった気がする。教えないけど」
「……さいですか」
「マネージャーは、どうやってあんな技術を覚えたの?」
「……覚えていない」ということになっている。「けど、あの技術で、多くの人を診察し、治療してきた記憶だけはおぼろげにある。そこがどこかはわからないんだけど」
「ふぅん。でも、あんだけできるなら、もっとそういう方面で仕事をしようとかは思わないの?」
「まぁ、それは今のところはないかな。まずは妹を探したいし。そのために、一花たちには頑張ってもらわないと。一花たちが有名になれば、マネージャーである俺も有名になれるからな」
「有名ねぇ。なれるかな? あたし」
「なれるよ。一花たちからは才能を感じるし」
「へへっ、そうかな」
一花は誇らしげに笑う。
電車に乗ると、人の姿はまばらだった。二人は並んで席に座る。英雄は一花の最寄り駅までの時間を計算する。ここから40分くらいか。
「駅までで良かったのに」
「いいよ。俺には門限とかないし。そういえば、一花はどうしてディーバーになったの?」
「どうしてなんだろうね。正直、あたしもあたしがディーバーになろうとした理由はわからない。もしかしたら、また、あの子と一緒になりたくて始めたのかも」
「あの子?」
「うん。親友だった子。昔から仲が良くて、ダブルスを組んで全中も一緒に制覇したんだけど、その子がエリートプログラムに合格して、あたしは落ちちゃったから、それ以来、何か気まずくなって会えなくなった。だから、ディーバーになれば、また、あの子の隣にいれると思ったから始めた――のかもしれない。ただ、それだけじゃない気もするし、結局のところ、よくわかんないんだよね」
「そっか。ごめん、エリートプログラムって何?」
「ああ。それは、ギルドが優秀な若手の冒険者を育成するためにやっている事業だよ」
「へぇ、そんなのがあるんだ。でも、それで親友と疎遠になっちゃうのは、寂しいな」
「うん。でもまぁ、最近は、落ちたことをポジティブに捉えられているよ。だって、それがあったから、今は同じ目標に向かって頑張れる仲間ができたわけだし」
「そうだな。そして、俺にも会えた。そのエリートプログラムがどんなもんか知らないけど、俺の方が絶対に一花を一流の冒険家にできるよ」
「だね。期待しているよ。頑張ってくれたまえ!」
「一花も頑張るんだよ。あと、自分を犠牲にしてでも守りたいと思えるほどの友達にも出会たんでしょ? それも素敵なことじゃん」
「……うん!」
一花ははにかみながら首肯する。
「羨ましいよ。俺にはそんな友達がいないから。そもそも、友達自体いないし……」
「そうなの? なら、安心してよ。あたしが友達になってあげる」
「いや、それはいい。だって、うるさそうだし」
「あー。失礼しちゃう。あたしほどの淑女はなかなかいないよ」
「淑女は自分のことを淑女とか言ったりしないけどな」
それから他愛もない話をしているうちに、一花の最寄り駅に着いた。駅から少し歩いたところで、一花は振り返る。
「もう、ここまでで大丈夫だよ。家はすぐそこだし。マネージャーが行きたいなら、案内するけど」
「いや、いいや。んじゃ、また事務所で」
「うん!」
英雄は一花と別れ、帰ろうとした。が、その背中に声が掛かる。
「待って、マネージャー」
「どうした?」
「これから頑張ってあたしを一流の冒険者にしてね」
「もちろん。それには一花の努力も必要だけど」
「あぁ、やっぱりあたしも頑張らなきゃ、駄目?」
「当然でしょ」
「そっか。んじゃ、また明日からよろしくね!」
「ああ、お疲れ!」
手を振って、住宅街に消えていく一花を見送り、英雄は駅に向かって歩き出す。その顔は充実感に満ちていた。一花のことが知れて、一花とも仲良くなれた気がする。
(彼女たちのために、俺も頑張らなきゃな)
異世界にいた頃とは異なる使命感が芽生え、英雄は気を引き締めた。
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