ex1 白衣の勇者、さらに不安になる

 ――祝日の金曜日。


 英雄はインターホンの呼び出し音で目覚める。時間は朝の8:32だった。


「誰だよ。こんな早い時間に」


 今日は祝日だったからゆっくりしようと思っていたのに、突然起こされて、不機嫌になる。


 英雄は来訪者を確認し、絶句する。変装した絵麻と一花だった。


「ねぇ、本当にこの部屋で合ってるの?」と画面の向こうで絵麻が言っている。


「うん。あたしが間違えるわけないでしょ」


「んじゃあ、まだ寝てんのかな? それとも、出かけているのかな?」


「それは無いんじゃない? だって、友達いないらしいし」


「ふぅん」


 英雄は画面を消して、寝室に戻る。ベッドに入って、自分に言い聞かせた。


(そうだ。これは夢なんだ。俺は今、夢を見ているんだ。目が覚めたとき――)


 ピンポーン。再びインターホンが鳴る。しかもこのチャイムは、エントランス前のものではなく、部屋前のものだ。


 英雄は舌打ちする。いいタイミングで、人が通りかかったに違いない。


「警察だ!」


「ほらほら、開けろ!」


 耳を澄ませると、扉の前で騒ぐ絵麻たちの声が聞こえる。ご近所迷惑になるし、出ざるを得ない。


 英雄はドアチェーンをつけて、薄く扉を開けた。


「はい」


「あ、ようやく出てきた」


「もう、さっさと出なさいよ」


「あの、何か用ですか?」


「遊びに行くわよ!」


「嫌です。じゃ、そういうことで」


 英雄が扉を閉めようとしたら、絵麻が足を挟んできた。


「まぁ、待ちなさい。これはあんたのためでもあるの」


「俺のため?」


「そう。私たちとあんたが出会ってまだ2週間しか経っていないでしょ? だから私たちには、お互いを理解するための時間が必要で、休日を利用して親睦を深めようってわけ」


「なるほどね。俺の予定を聞いていないという点を除けば、素敵な提案だと思うよ」


「うん。だから教えてあげる。私たちはサプライズが好きなの!」


「俺はあんまり好きじゃないな」


「そっか。そういうことを知るためにも、やっぱり親睦は深めるべきね」


 ああ言えばこう言うので、英雄は諦める。英雄にも彼女たちと親睦を深めたい気持ちはあるので、彼女たちの提案に乗ることにした。とくにやることも無いし。


「わかったよ。んじゃ、着替えるから待ってて」


「えー。折角だし、部屋に入らせて」


「嫌だよ。だって、犯罪だし」


「大丈夫。そう言うと思って、ちゃんと許可は貰っているから」


「あたしも!」


 絵麻と一花がスマホを見せる。二人とも、チャットアプリを使って、親に了承を得ていた。ちゃんと英雄の家に行く旨がつづられている。彼女たちとの親には、ネット会議用のサービスを利用して挨拶していたから、面識は一応ある。それで、許可を出してくれたのだろう。


「……そういえば、今日のこと、啓子さんには言ってあるの?」


「もちろん!」と言って、絵麻は啓子とのやり取りを見せる。細かい条件はあるものの、許可してくれたみたいだ。


「ってか、親睦を深めるなら、翔琉は?」


「今日は用事があるんだって」と一花が画面を見せてくれた。


 二人の用意周到さに英雄は次の言葉を失う。


「ねぇ、何でそんなに嫌がるの? 一花は上げたんでしょ? なら私も上げなさいよ」


「そうだ! そうだ! あたしを贔屓するつもり?」


「えー、何それ最悪なんだけど。マネージャーとしてどうなの?」


「……わかったよ。でも、静かにしてね?」


「わかってるわよ。そんなの」


 すでに怪しいが、英雄は渋々部屋に上げる。


「へー。ここがマネージャーの部屋か」


「何もないよねー」


 二人をリビングに通し、英雄は寝室で着替える。面倒なことになった。とはいえ、彼女たちを強く拒否できないのもお兄ちゃん属性のせいだろう。妹に甘い自分が憎い。


 リビングに戻ると、二人はソファーに座ってくつろいでいた。


「出かけるんじゃないの?」


「今出かけても、お店とかやってないわ」


「だからしばらくここで休憩。ってか、マネージャー、飲み物ないの?」


 英雄は小言を言おうとしたが、彼女たちに妹の影が重なり、口を閉ざす。あったかもしれない現実が、英雄の判断を甘くする。


「麦茶でもいいなら」


「ありがとう!」


「よろしく!」


 英雄が台所で麦茶を注いでいたら、絵麻たちのひそひそ話が聞こえた。


「今のうちに、寝室に行こう」と一花。


「えっ、何で?」


「えっちなものがあるかもよ」


「はぁ? 馬鹿じゃない。そんなもの見つけてどうすんの?」


「ふーん。まぁ、いいや。なら、あたしだけ行ってくる」


「あ、待ってよ。行かないとは行ってない!」


 二人は気づかれているとも思わない様子で、そそくさと寝室へ向かった。止めることも考えたが、見られて困るものなんて無いし、喉が渇いていたので、潤すことを優先する。


「あ、絵麻! 脱ぎたてのスウェットがある。使う?」


「使うわけないでしょ」


「そっか。じゃあ、においを嗅いじゃおう」


「うわぁ」


「へー。これがマネージャーの臭いか。絵麻も嗅ぐ?」


「ちょっとだけ。あー。こういう感じなんだ。って、何でベッドに寝てんのよ!」


「疲れた。絵麻も寝ようよ~。ほら、枕もあるよ」


「……仕方ないわね」


(何してんのあの二人?)


 声でしかわからないが、英雄は二人の行動にドン引きする。あれが今時の女子高生なのだろうか。いずれにせよ、不安だけが募っていく。

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