第26話 白衣の勇者、誘う②

「……は?」


 一花の冷めきった視線に、英雄は咳払いで応える。


「結論から言うと、絵麻が俺に対してああいった行動を示すようになったのは、俺の魔力が絵麻にとってかなり魅力的なものだったからだと思う。先週の土曜日、一緒にダンジョンに行って一花もわかったと思うけど、俺は結構、魔力とか魔導系の働きについて詳しいんだよね。それで、魔導系の専門医として活動していた記憶が朧げにあって、絵麻の魔導系にトラブルが見られたから、それを治療するため、絵麻に俺の魔力を多めに送ったんだ。そのときに経験した俺の魔力のことが忘れられなくて、ああなっているんだと思う」


「……依存症みたいなこと?」


「うん、まぁ、そこまで強くはないかな。一花はさ、これまでの人生で何度も通いたくなるようなお店や毎日食べたくなるような食べ物に出会ったことはある?」


「うーん。どうだろう。あ、でも、お気に入りのケーキ屋がそれに近いな」


「じゃあ、そのケーキ屋にはよく行っているの?」


「最近はそこまで。でも、前はよく行っていたし、今も全く行かないわけじゃない。どれくらいだろうな。一か月に一回くらいは行ってるかも」


「まさに、それと同じ現象が絵麻にも起こっているんだ。つまり、一花にとってのケーキ屋が絵麻にとっては俺の魔力であり、今までに無いある種の感動を学習したことで、またその刺激を得たいと思い、あんな感じになっているのさ。でも、時間が経つにつれ、落ち着いてくるから、そんなに心配する必要はないよ」


 実際、異世界でも絵麻のような反応を示す人がいた。聖女のアリシアや女騎士なんかがそうだ。最初は英雄のことを親の仇のように嫌っていたが、治療後は過剰なスキンシップが増えた。しかし、時間が経つにつれ、それも落ち着いてきたので、絵麻も同じようになるのではないかと予想している。


「ふーん、なるほど。何となく、言いたいことはわかった。でも、なんか好きじゃないな、そういうの」


「何が?」


「人の気持ちを理屈で語ろうとするの」


「えー。教えろって言うから、教えたのに、そりゃないぜ」


「でも、不思議。マネージャーの魔力なら、あたしも土曜日に受け取ったけど、ドハマりするほどのものには感じなかったけど」


「それはまぁ、個人差があるし、絵麻が抱えていたトラブルも関係している」


 個人差は魔力に対する感じ方もそうだが、魔力そのものにも存在する。英雄は絵麻の魔力にできるだけ類似した魔力を生成して送り込んでいたが、当然、そこには違いが存在する。それこそ、絵麻の魔力には多くの不純物が混じっていたが、英雄の魔力にはほとんど不純物が無い。そういった個の違いが、絵麻のある種の感動につながったのだろう。また、きれいになった自分の魔力を英雄の魔力と勘違いしていることも考えられる。


「あとは、治療の効果でそう感じたことも考えられるな」


 魔力がきれいになったり、魔導管が広がる感覚は、絵麻にとっても初めての感覚だったろうから、そこで魅力を感じた可能性もある。


「ふーん。どんな治療をしたの?」


「それは、言えない。怪しいことをしたからとかではなく、絵麻のプライバシーに関わることだからね」


 英雄はドヤ顔で語った。患者のプライバシーは守る。この世界で学習したモラルの一つだ。


「えー。教えてよ」


「無理。プライバシーに関わるから」


「プライバシーとか言って、本当はいやらしいことをしたんじゃないの?」


「してないよ」


「なら、あたしにも同じことをして。いやらしいことじゃないんでしょ?」


「嫌だ。考えてみなよ。癌じゃない人に、癌の治療をしたって無意味でしょ? それに、その治療で逆に悪くなる可能性があるし。だから、嫌」


 一花の魔導胆で生成されている魔力や魔導管に大きなトラブルは無かったから、『魔力クレンジング』や『魔導管拡張』は必要ない。


「むぅ。ケチ。あたしは治療を受けるまで帰らないよ!」


 そう言って、一花はソファーに寝そべって、しがみついた。梃子でも動かない構えである。


「いや、帰れよ」


「ヤダ! マネージャーがあたしに治療するまで、あたしは帰らないよ! 親は、なかなか帰ってこない娘をどう思うかな?」


 英雄は苦々しい顔で一花を見る。大人を脅すとは良い度胸だ。闇魔法を使って、無理やり帰すこともできるが――それは最終手段だ。


「お願い! ちょっとだけ! ちょっとだけで良いから!」


「……治療を受けたら帰るんだよな?」


「うん!」


「わかった。なら、やるよ」


 それで大人しく帰ってくれるなら、英雄にとっても悪い話ではない。


「と言っても、絵麻にやった治療とは違うやつだけど。まぁ、治療というより予防かな」


「予防」


「うん。今からやるのは、一花の魔導系を複数の魔素を利用するのに適した魔導系にするための施術だ。一花には、今後、さまざまな属性の魔法を使っていってもらいたいんだけど、そのために、複数の魔素を利用するのに耐えられる魔導系にしていきたいと思う。

 もう少し詳しく言うと、魔素っていうのは、それぞれの属性によって、さまざまな特徴を持っている。例えば、氷の魔素ならひんやりとしているとか、雷の魔素ならピリピリしているとか、そういった感じ。で、魔導系は成長していく中で、この魔素の特徴に適応した形で変化していく。例えば氷の魔素が頻繁に利用される魔導系では、魔法を使用していくうちに、低温に対する耐性なんかが獲得されていく。でも、一花のように様々な属性の魔素を利用しようとすると、魔導系が中途半端な耐性しか獲得できなくなってしまい、その状態で強い魔法なんかを使用すると、魔導系が傷ついたりする。

 だから、様々な属性の魔力を外部から流し、一花の魔導系が複数の魔素に耐えらるようにしていきたいんだよね」


 正直、一花の魔導系に関する諸々の結果を分析するに、この予防も必要ないとは思うが、やって無駄になるようなことではないので、今回はこの施術を行うことにした。これをしない限り、帰ってくれそうにないし。


「わかった」


「それじゃあさ、そのソファーじゃ施術がしにくいから――ベッドに行こうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る