第25話 白衣の勇者、誘う①

 ――火曜日。


 英雄が事務所で作業していると、黒のブレザーを着た制服姿の一花がやってきた。英雄はすかさず視診する。


 ・レベル : 17 (+2)

 ・体力  : 981/989 (+87)

 ・魔力  : 212/212 (+23)

 ・物理  : 169 (+13)

 ・魔法  : 199 (+15)

 * ()は前回との差分


 全体的にステータスが上がっている。超回復の効果がちゃんと出ているようだ。


 英雄は事務スペースから声を掛ける。


「お疲れ様です。どうしたんですか? 今日は休みですよね?」


「うん。でも、絵麻が行くって言っていたから」


「なるほど」


 自分に用がある感じではなかったので、英雄はパソコンに視線を戻した。しばらくキーボードを叩いていたが、一花の視線が気になって、顔を上げる。一花は談笑スペースのソファーに座って、英雄のことをじっと見ていた。


「あの、何か用がある感じですか?」


「いや、べつに無いけど。ってか、何でそんな喋り方? 絵麻とかにはタメ口だよね? それに、土曜もタメ口だった気が」


「まぁ、絵麻とかには許可貰っているんで。土曜に関しては、まぁ、成り行きでそうなった感じですかね」


「ふぅん。なら、あたしにもタメ口でいいよ」


「……わかった。んじゃ、そうする」


 そのとき、制服姿の絵麻が現れ、英雄はやはり視診する。


 ・レベル : 18 (+2)

 ・体力  : 1271/1278 (+45)

 ・魔力  : 182/182 (+17)

 ・物理  : 217 (+16)

 ・魔法  : 174 (+12)

 * ()は前回との差分


 こちらも全体的にステータスが上がっている。二人とも順調に成長しているから、英雄の口元に笑みが浮かんだ。


「お疲れ! あ、一花もいるんだ」


「うん。いちゃダメなの?」


「いやいや、そんなわけないじゃん! あ、そうだ。お菓子を買ってきたからさ。食べよう!」


「いいね!」


 絵麻も来たから、二人で楽しくお喋りを始めるつもりなのだろう。英雄は集中するために、イヤホンを探す。すると、絵麻がそばに来た。


「お菓子買って来たんだけど」


「そうなんだ」


「一緒に食べようよ」


「いや、仕事中だし」


「休憩も必要でしょ」


 絵麻に見つめられ、英雄は折れる。


「……啓子さんが来るまでなら」


「うん!」


 そして、女子高生二人に挟まれながら、女子高生の話を聞く謎の時間が生まれる。絵麻がいろいろと話してくれるのだが、頭に入ってこなかった。一花がじっと見つめてくるからだ。


(なんか、居心地が悪いな)


 聞いてもちゃんと答えてくれないし、英雄はその視線に耐えるしかなかった。


 ――その日の夜。英雄は退社してすぐに、その視線を感じる。


 一花が建物の影からじっと見ていた。しかも、帽子を被り、サングラスとマスクをしている。


(何か用があるのかな?)


 しかし、関わりたくない恰好をしているので、さっさと駅に向かう。途中で帰るだろうと思ったが、一花は駅までついてきた。本人は尾行しているつもりらしいが、バレバレである。さらに同じ電車に乗ってきたので、さすがに声を掛けることにした。車内は混雑していたので、適当な駅で降りる。一花が降りてこなかったので、英雄は眉を顰めた。


(あれ? 俺に用があるわけじゃないのか? でも、一花の家はこの路線じゃないし……。何がしたいんだろ? 後で連絡してみるか)


 とりあえず、次の電車に乗って、家の最寄り駅で降りる。そして再び視線を感じ、英雄は理解した。一花は英雄が降りたことに気づかなかっただけのようだ。それで、家の最寄り駅で待ち伏せしている。


(なぜ、最寄り駅を? ……そういえば、今日、そんな話をしたな)


 一花ははじめから尾行するつもりだったのか。だとしたら、用があるに違いない。英雄は魔法を使って姿を消し、自分を見失って慌てている一花の後ろに立った。


「一花」


「ぎゃっ」と一花は跳ね上がり、英雄を睨む。「驚かさないでよ」


「いや、そもそも、何でここに? 事務所からつけていたみたいだけど、俺に何か用?」


「……気づいていたの?」


「ああ」


「そっか。実は、マネージャーに相談したいことがあって」


「俺に? なら、もっと早く言ってくれればよかったのに」


「その、実は話しにくいことだから、人がいないタイミングと場所がいいなと思って」


「そうなんだ。それじゃあ、どっか行く? でも、この辺、あんまりカフェとか無いんだよね」


「マネージャーの家が良くない?」


「俺の家?」


「だって、啓子さんが言っているじゃん。勘違いされるような写真を撮られるなって」


「……確かに」


 まだ写真を撮られるほどメジャーな存在ではないと思ったが、マネージャーである英雄がそれを指摘するのは、自虐が過ぎるか。家に住み始めたばかりで、部屋の掃除とかも必要ないし、家も歩いて五分くらいのところなので、一花の提案も悪くない気がしてきた。


「んじゃ、俺ん家で話を聞くよ。あ、でも入るところを撮られたら不味いんじゃ」


「大丈夫。変装しているから」


「変装と言えるほどの恰好か? じゃあ、その恰好でカフェに行けばいいのでは?」


「いいから、マネージャーの家に行こう!」


 一花に背中を押され、英雄は住んでいるマンションへ一花を案内する。オートロック付きのエントランスを見て、「へぇ」と一花が感心する。


「意外と良い所に住んでるんだね」


「まぁね。叔父さんが実家の土地を売ったんだけど、そのお金は君にも受け取る権利があると言って、それなりのお金をくれたんだ。あと、この辺が東京の端にあって、俺の事情を知った管理人さんが相場よりも安く貸してくれたという事情もある」


「ふぅん」


 そして英雄は、1LDKの部屋へ一花を招き、一花をリビングのソファーに座らせ、自分は100均で買った300円くらいの折り畳み椅子に座る。


「それで、話って何?」


 しかし一花は、すぐに話し出さなかった。


「一花?」


 英雄が問いかけて、ようやく口を開く。


「……絵麻もこんな感じで家に誘ったの?」


「何の話?」


「恍けないで! こうやって絵麻を家に誘ったんでしょ!」


 一花の詰め寄るような態度に困惑する。


「いや、マジで意味がわからないんだけど、まず、俺が家に誘ったというより、一花が来たいって言ったんじゃん。あと、絵麻は一度もこの家に来たことないよ」


「しらばっくれるつもり?」


「いや、しらばっくれるとかではなく」


「マネージャーさぁ、今の自分の立場わかってる? マネージャーは犯罪に片足を突っ込んでいるんだよ?」


「はぁ? 犯罪? してないけど。具体的に何をしてるの?」


「誘拐」


「いや、してないし」


「それ、本気で言ってる? 未成年はね、親の同意が無いと家に上げちゃいけないだよ?」


「……マジ? ちょっと調べて良い?」


「どうぞ」


 英雄はスマホで調べ、徐々に血の気が引いていく。確かに、親の同意なく、未成年を家に招き入れた場合、未成年が同意していても、犯罪になるケースがあるようだ。


(マジ? こんな厳しいの?)


 何度も立ちはだかる異世界とのギャップに、英雄は渋い顔になる。英雄は、未成年とは性交渉をしてはいけないくらいにしか思っていなかったから、同意があっても誘拐になることがあるなんて知らなかった。10年前は英雄も未成年だったので、この辺の法律を意識したことは無かったし、もしかしたら、異世界に行っている間にできたのかもしれない。


 英雄の脳裏に、「私、言ったよね?」と角を生やす啓子が浮かんだ。実際、言われた記憶はないが、英雄が聞き流しただけで、実は言っていたかもしれない。


(いずれにせよ、ここは穏便に済ませて帰ってもらおう)


 英雄はごまをするような低姿勢になる。


「なるほど。確かに一花の言う通りだ。だから、帰ってもらってもいい?」


「嫌だ。マネージャーが本当のことを言うまで帰らない」


「本当のことって、何? ごめん、一花。ちょっと確認したいんだけど、一花は何の話をしたいの?」


「マネージャーが、絵麻と付き合っていることについてだよ!」


「いや、付き合ってないよ」


「嘘!」


「嘘じゃないって。マジで付き合ってないから」


「なら、絵麻のマネージャーに対するあの態度は何なのさ!」


「あの態度というのは……」


「あの甘えた感じ! 今日だって、絵麻はずっとマネージャーにべたべたしてたじゃん! あれで付き合ってないは無理があるって!」


「と言われても、マジで付き合ってないし」


「そう言うのほんとにいいから!」とひときわ大きな声を上げると、一花の頬を涙が伝った。その量が徐々に増え、ついには泣き出してしまった。


(えー……)


 英雄は内心ドン引きしつつ、ティッシュボックスを手に取って、一花に差し出す。一花は何枚かティッシュをとって、涙を拭った。一花の不安定な情緒に戸惑い、何か声を掛けたいところではあるが、良い言葉が思いつかない。すると、一花が鼻をすすりながら言った。


「……絵麻はあたしの大事な友達なの。だから、絵麻には幸せになって欲しいの。それで、マネージャーが絵麻を私欲のために利用しているんだとしたら、あたしが何でもするから、絵麻と別れて」


「何でもするの?」


「うん。えっちなことだって、あたしがする」


「……あぁ、そういうこと。何となくわかったわ。つまり一花は、俺が性欲を発散したいがために、絵麻のことを騙して付き合っているって考えているの?」


 一花はこくりと頷く。非現実的な話に、英雄は思わず吹き出すも、一花に睨まれて、真顔に戻る。


「まぁ、いろいろ言いたいことはあるけど、まず、俺が絵麻を騙しているかもしれないという考えを誰かに話した?」


「……話してない」


「んじゃぁ、今日、俺の家に上がって、俺を問い詰める計画については?」


「……話してない」


「それはさ、ちゃんと大人の人に相談すべきだと思うよ。ってか、これからはちゃんと相談してね。だって、そうでしょ? 俺が本当にクズだったら、今度は一花が傷つくことになるんだよ? もしも、絵麻がそれを知ったら、絵麻はどんな風に思うかな?」


 一花は唇を噛む。その姿を見て、英雄は心が痛んだ。正直、大人に相談しろなんて自分が言えた立場ではない。一花と同じ歳の頃、大人に相談すべき状況だったのに、相談しなかった結果、異世界へ行くことになったからだ。それで、多くの人に迷惑を掛け、妹とも離れ離れになっているから、どの口が言っているんだと思う気持ちはある。


 とはいえ、十年前とは状況や立場が変わっている。また、英雄はたまたまうまくいったが、一花がうまくいくとは限らない。だから、自分と同じ轍を踏まないように導いてあげることが自分の仕事だと思った。


「今回の場合なら、啓子さんに相談するとかさ、やりようはいくらでもあるんじゃないの?」


「……うるさい」


「は?」


「誘拐犯があたしに説教するな」


 英雄はイラっときたが、誘拐の件を出されると、反論できない。だから、その怒りをグッと飲み込んで、真摯な表情で一花を見返す。


「まぁ、一花の友達を思う気持ち自体は、とても素晴らしいことだと思うから、それ自体を否定するつもりはない。ただ、そのやり方には気を付けてねって話」


 一花はバツが悪そうに目を伏せた。彼女もわかってはいるのだろう。


「だから、約束して。今後は、危険な橋を渡りそうになったとき、周りの大人にちゃんと相談するって。そしたら、絵麻が変わったきっかけについて話そう」


 顔を上げた一花に睨まれる。


「やっぱり、付き合っているんじゃ」


「そうじゃない。直接の原因かはわからないが、心当たりはある」


「何?」


「その前に約束して。今後は、危険な橋を渡る前にちゃんと相談するって」


「……わかった。ちゃんと相談する」


「よろしい。なら、教えてあげる。絵麻がああなってしまったのは、多分――俺が魅力的なせいだ」

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