第23話 友達思いの少女、目撃する

 ゴブリン・バーサーカーが光の泡となって消えた瞬間、一花は力が抜けて、膝をつく。久しぶりの疲労感だったが、悪い気はしなかった。


「一花!」


 絵麻が駆け寄ってきたので、立ち上がって、抱きとめる。


「やったね!」


「う、うん。でも、あたしは何も。むしろ、絵麻と翔琉君に迷惑を掛けちゃった。ごめん」


「そんなことないよ!」


「そうだよ」と翔琉が歩み寄って微笑む。「あのとき、一花ちゃんがあの氷魔法を発動したから、ゴブリン・バーサーカーに隙が生まれ、絵麻ちゃんの会心の一撃が生まれた。だから、ゴブリン・バーサーカーを倒せたのも一花ちゃんのおかげだよ」


「あたしのおかげ……」と言って、一花は微笑む。「いや、これは皆の頑張りがあってこそだよ。だから、皆のおかげ!」


「そうね!」


「だね」


 一花は翔琉に向かって手を広げる。


「翔琉君も来なよ」


「いや、僕はいいよ。ほら、男だし」


「気にしなくていいのに。なら、円陣はどう?」


「まぁ、それなら」


 そして三人は、円陣を組んではしゃぐ。


 そんな三人の下に、ハンカチで目じりを拭いながら啓子がやってくる。


「素晴らしいわ。これが青春ね」


 その隣には英雄もいた。


「あ、あの!」と一花は英雄に頭を下げる。「さっきはすみませんでした」


「……一花は、あの失敗から何か学びを得ることができた?」


「え、あ、えっと」


「あ、大丈夫。今すぐ言語化する必要ないよ。後でちゃんと時間を取りながら振り返ろう」


「……はい!」


「絵麻と翔琉も、うまくやってくれたけど、それぞれ反省点や改善点みたいなものはあるだろうから、後で一緒に振り返ろう。とはいえ、今は自分たちが冒険者として一つ成長できたことを皆で喜ぼう!」


「うん!」


「はい!」


「それじゃあ、今日の探索はここで終わりだから、クールダウンして帰ろうか。肉体的なクールダウンはもちろんのこと、魔導系のクールダウンも教える」


「魔導系の?」と翔琉。


「そうだ。魔導系にも、筋トレで言われているような超回復がある。だから、魔導系を使った後に一定時間休息すると、魔導系が強くなる。また、それに伴って筋力とかも上がる。そして、その効果を上げるためのクールダウンの方法があるから、それを教えようと思う。OK?」


 三人が頷いたのを見て、英雄は続ける。


「それじゃあ、まずは胸の前で両手を合わせてもらって――」


 それから、魔導系と筋肉系のクールダウンを10分くらい行い、五人は『帰還の結晶』を使って、地上に戻った。


 地上に戻り、赤くなり始めている空を眺め、一花は目を細めた。ダンジョンにいたのは半日だけだったが、ずいぶん長いこといた気がする。


「そうだ。レンタル品を返す前に、ギルドに報告しなきゃ」


 ギルドは『迷宮対策委員会』の別称だ。迷宮対策委員会は、ダンジョン対策のために政府が設立した組織であり、ダンジョンの関連事業に関わっている。ダンジョン管理もその一つで、異変があった場合は、報告する義務があった。


 啓子たちはダンジョン前にある簡易事務所に移動し、受付の女性に話しかける。


「あの、すみません」


「はい。本日はどのような御用でしょうか?」


「こちらのダンジョンでボスの『再出現』が発生したので、その報告をしたく」


「再出現ですか?」と女性の顔色が変わる。「承知しました。少々お待ちください。すぐに関係各所に連絡するので」


 女性が電話に手を伸ばしたところで、啓子が止める。


「あ、すみません。ボス自体は討伐しちゃいました」


「えっ、討伐されたんですか?」


「はい」


「……そうですか。ちなみに証拠とかってありますか? あ、いや、別に疑っているわけではないんですけど、証拠をご提示いただけると、討伐謝礼金などをお支払いすることができるので」


「証拠。証拠ねぇ」と啓子は眉根を寄せる。


「あの、そちらの方がお持ちなのはドローンですか? なら、そちらの動画を見せていただければ十分ですよ」


 女性は翔琉が持つドローンを見ながら言った。


「ああ、確かに動画がありました。あ、でも、その動画、大丈夫かしら?」


「何か不都合なことが映っているんですか?」


「あ、いや、そういうわけじゃないんですけど、私たち一応ディーバーをやっていまして。ヒデ君はどうおも――って、あれ、ヒデ君は?」


 振り返って、一花も気づく。英雄がいなかった。英雄だけではない。絵麻もいなかった。


「英雄さんなら、トイレに行きました」と翔琉。


「絵麻も?」と一花。


「うん」


 二人でトイレに行く。別に怪しいことは無いが、一花はかすかな胸のざわめきを覚えた。


「啓子さん。あたしがマネージャーを探してくるよ」


「え、でも、ヒデ君は男だよ?」


「トイレの前で待っていれば、現れるんじゃないですか? それにすぐ出てくるだろうし」


「そうね。お願い」


 一花は駆け足でトイレに向かった。トイレはダンジョン前の外れにある小さな箱型の建物だった。ダンジョンが出現してから作られたため、建物自体は新しい。一花は女子トイレに入って、眉を顰める。誰もいなかった。


(絵麻はトイレに行ったんだよね?)


 もしかしたらすれ違ったのかもしれない。すれ違って気づかないほどの往来はなかったが。


 一花は訝しく思いながらトイレを出て、唖然とする。トイレの物陰から二人が現れたからだ。しかも絵麻は、頬を上気させ、満足したような面持ちである。ホテルから出てきた男女のような雰囲気に、一花は絶句する。絵麻が一花に気づき、狼狽した。


「い、一花!?」


「……何をそんなに驚いているの?」


「あ、いや、べつに驚いていないけど」


 その割には、かなり動揺しているように見えた。


「ふーん。そういえば、マネージャー。啓子さんが事務所で呼んでいる。すぐに意見を聞きたそうにしていたよ」


「あ、そうなんですね。すぐに行きます」


 英雄を見送ってから、一花は絵麻に視線を戻した。


「で、マネージャーと何をしていたの?」


「べ、べつに何もしてないわよ」


「ふーん」と一花が追及するように目を細めると、絵麻は渋い顔で答える。


「……魔力を入れてもらっていたの」


「魔力? なら、わざわざトイレの影じゃなくても良くない?」


「それは、その、あいつが……」


「ねぇ、絵麻」と一花は歩み寄って絵麻の両手を握る。「マネージャーとのことで、何かあたしに隠していない?」


「べつに隠してないけど」


「嘘。マネージャーと付き合ってるんでしょ」


「はぁ? 私が? そんなわけないじゃない」


「じゃあ、トイレの影で何をしていたの? 人に言えないようなことをしていたんじゃ」


「だから、魔力を入れてもらっただけだって。何を想像しているのか、知らないけど、多分、一花が想像しているようなことはしてないわ。それより、ほら、私たちも行きましょう」


 でも、という言葉が出かかったが、一花は言葉を飲み込んだ。これ以上追及して、絵麻に嫌われるようなことはしたくなかった。


「……わかった」


 絵麻に手を引かれ、一花は歩き出す。しかし、その顔は晴れない。


(……絵麻)


 一花は寂し気にその背中を眺めた。

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